見えないスミレの果実 平成十五年五月二十四日掲載

牧野富太郎博士の『植物記』という本を図書館で見つけました。その中のスミレ講釈という項にスミレ名談義という章があり『スミレという名を聞けば、それがいい名で慕わしく感ずるのであるから、これはそのスミレなる名の起こりに対し盲目であるのがむしろ賢いのではあるまいかと思われる。

なんとならば、実はひとたびその語源を知れば、どうもこの美名が傷つけられるような気がしてならないからである。スミレは、かの大工の使う墨入れの形から得た名で、それはスミレの花の姿がその墨入れに似ているからだというのである。

そのスミイレのイが自然に略されてそれがスミレとなったというわけだ』と記されていました。スミレといえば花は誰でも知っていますが、果実など無いと思っている人も多いようです。花がしおれた後のスミレに関心を持つ人が少ないのか、または花が可憐だと感心して終わりなのでしょうか。

私の推測では、これには大きな理由があるようです。それは人の視線が高すぎてスミレの果実を発見しにくいという果実です。否、事実です。スミレの果実が下向きにできるので、上から見るとガクが邪魔をして見事に果実が隠れるのです。スミレの果実など見たことないという人は、視線を落とし、花が終わってしばらくたったものをつまんでみて下さい。

見事なスミレの実を見つけ、今まで気がつかなかった自分に気がつくことでしょう。

ヒガンバナの誤解 平成十五年九月三十日掲載

彼岸の頃になると、今流行の電波時計ならぬ生物時計がはたらくのか、早春のツクシの如く真っ赤なヒガンバナが待ってましたとばかりに、燃えるように咲き出します。一名マンジュシャゲとも言い、法華経の『摩曼陀羅華(かまんだらげ) 曼珠沙華(まんじゅしゃげ) 』から出た名と言われています。

摩(か)は梵語の大きいという意味で、美しさを強調したものといい、曼陀羅華は今のチョウセンアサガオを指し、また曼珠沙華は梵語の赤い花を意味しています。花が咲くときには葉っぱがなく、花が枯れると葉が出てくることから「葉見ず花見ず」と言われます。

墓地などによく生えることから、死人花・幽霊花と呼ばれることもあり、また有毒植物であることから舌まがりなどの名もあります。鱗茎にはリコリンなどの有毒のアルカロイド成分を含みます。リコリンには鎮咳作用があり薬用にもなるそうです。

実はこの有毒性を利用して、その昔ネズミ退治にこの球根をつぶして壁に塗ったりしたそうです。また田の畦などに多いのはネズミ防ぎに植えたものらしく、墓地に多いのもネズミや害獣から墓を守る意味から植えられたものと推測されます。

こんなヒガンバナの歴史を知らない人達は、真っ赤な花の色から不吉で縁起の悪い花、この花が咲くと家が火事になるとか言うデマまで信じてしまいました。活け花として用いられることもあり、その造形美はすばらしく、自然の妙味・芸術としか思えないほどです。

* 後にヒガンバナを植える理由は「ネズミ」ではなく「モグラ」対策が一番という投稿を見ました。モグラが穴を開けて水田から水が漏れてしまうと困るからだそうです。なるほどと思いました。

昆虫にとって紫外線は恋の色 平成十五年十二月十日掲載

ある機器開発の会社が紫外線を九十九%カットして「昆虫の飛来を防ぐ照明」を開発したという記事を見ました。昆虫が紫外線を目指して飛んでくるのを防止でき、試験結果では七割も飛来数が減ったということです。

夏の虫に頭を悩ませていた人にとって朗報だと思います。先日の夕方、雨がザーっと降ったかと思うとすぐに止み、かすかな陽射しが雲間からさしていました。

ふと北東の空を見ると大きな虹ができていて、校舎の窓から思わず身を乗り出して見ている生徒もいました。ところで太陽光線は白色光ですが、これはすべての光の色が一度に人間の目に入ると色として感じられないだけです。

プリズムを通ると赤、橙、黄、緑、青緑、青、紫の七色に分かれます。雨上がりに虹がよく見られるのは、空気中に浮かんでいる水滴がそのプリズムの役割をするからだといいます。

また虹の赤色の外側には赤外線が、紫色の外側には紫外線があります。この二つの色は人間には見えませんが、昆虫には紫外線が見えるらしいのです。そして驚いたことにモンシロチョウの雌の羽は紫外線をよく反射し、雄はその紫外線を感じて雌を認識しているらしいのです。

これを理学博士の小原嘉明さんは、著書の中でモンシロチョウの花嫁衣装だと書いています。人間には見えない紫外線の色が、昆虫達には魅力的な色、思わず目指してしまう色に映るとは何と不思議なことでしょう。

※本記事は、2018年7月刊行の書籍『日本で一番ユーモラスな理科の先生』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。