第1章 認知症とはどのような病気か?

◎もの忘れで始まる「アルツハイマー型認知症」

アルツハイマー型認知症(Dementia of Alzheimer's type、DAT、Alzheimer's dementia、AD)については、少し前まで、日本人にみられる認知症の大部分は「血管性」で、「アルツハイマー型」は少ないといわれていました。

最近では欧米人と同じく、日本人の認知症の約半数がアルツハイマー型になりました。出現頻度は50~60%で、高齢者で最も多いのはアルツハイマー型認知症です。ちなみに、アロイス・アルツハイマー(Alois Alzheimer,1864~1915)医師は、1906年11月3日、56歳で死亡した女性認知症患者について講演し、1907年に論文として発表したとのことです。

この型の認知症の症状の出現は、脳の中でも、近時記憶を司る海馬や人間らしさを司り大脳の表面をおおっている大脳皮質といわれる部分の萎縮が徐々に進行し、脳全体の機能が衰えていくことに端を発します。そして、記憶に関係するアセチルコリンという神経伝達物質が減少していることが分かっています。

[図1]アルツハイマー型認知症のMRI
70代前半女性。海馬を含めて全般的な脳萎縮像がみられる

初老期(40歳以上65歳未満)から老年期(65歳以上)に発症し始めます。初発段階では、軽度認知障害(MCI)の諸症状が出現している程度で、はっきりと認知症だとは分からないのです。しかし、認知機能の低下は確実に、ゆっくり進んでいきます。

発症から5年間で約半数が重症化し、発症後の寿命は約10年(2~20年)とされています。若年期(40歳未満)に発症することは比較的稀です。

アルツハイマー型認知症の人の脳ではアミロイド仮説といわれている老人斑と神経原線維変化が特徴的病理所見です。灰白質にも白質にも萎縮や変性がみられます。

老人斑(シミ)はアミロイドベータと呼ばれる蛋白(amyloid β protein:Aβ)が脳組織の細胞外に沈着・凝集・集合してできたゴミです。この蛋白の働きを決定しているAPOE(アポリポ蛋白E4:Apolipoprotein E4)遺伝子にはいくつかのタイプがあり、APOE4型を持つ場合、持っていない方に比べて特に若年性アルツハイマー型認知症になりやすいことが明らかになっています。

無症候性被験者において、Aβ堆積が灰白質萎縮および記憶障害と関連していることが明らかになっており、灰白質萎縮の早期徴候が、海馬と後帯状、楔前部(けつぜんぶ)領域で検出され、さらに、疾患の進行とともに灰白質萎縮は側頭葉へと拡大していくことも分かっています。

すなわち、このアミロイドβは健康な人でも、加齢や種々の血管系危険因子などによって脳に蓄積され、神経細胞を傷めて脳を萎縮させます。このことが分かっていても、現在までのところ、これは防ぎようがないとされているのです。

しかし、対策がないわけではありません。近年の研究では、食事や運動など生活習慣の改善によって、アミロイドβの生成を発現・時期ともに抑えられることが分かってきています。

また、脳由来神経栄養因子(BDNF:Brain-derived neurotrophic factor)という液性蛋白質が海馬などで発現することが分かり、研究が続行中ですが、BDNFは学習機能や記憶力を高め、神経細胞の分化・シナプス機能亢進・成長を促進したり、アミロイドβの毒性に対して抑制的に働くとされています。

また、アルツハイマー型認知症では、アミロイドβ沈着(老人斑)とともに、神経線維が神経原線維変化(リン酸化タウ蛋白が沈着・凝縮によって起こるオタマジャクシ様・らせん状の変化:タウオパチー)を起こし、神経細胞障害(脱落)に関与することが分かっています。

症状としては、記憶障害、見当識障害(日付・時間・場所・人が分からなくなる)、意欲の低下、献立を思いつかず同じ料理を作るといったものから始まって、だんだんと日常生活が難しくなり、会話が難しい、料理を放棄する、暴力的になる、引きこもる、1人で買い物ができない、徘徊、場所が分からない、転倒を繰り返す、尿失禁などの現象がみられるようになります。

発症したばかりの時期は、「老化によるもの忘れ」との区別がつきにくいという特徴があります。

家族は、初期の症状である「同じことを何回も言う」、「家事や趣味など今までできていたことをしなくなった」、「物を探すことが多くなった」、「同じ物を買ってくる」、「約束の場所や日時をよく間違える」、「もの盗られ妄想がある」などによって気づくことが多いようです。次いで見当識障害が時間、場所、人の順で悪化していきます。

末期になるまでは感情は保たれ、運動障害は出現しませんが、もの盗られ妄想が軽重を問わず現われるのが特徴です。さらに症状が進むと、妄想、錯乱、徘徊などがみられます。

そして末期になると、家族を認識できない・無言(会話ができない)・失禁などがみられ、寝たきりの生活となります。進行はとても遅く、2年~20年ぐらいかけて、ゆるやかな坂を下るようにゆっくりと変化していきます。

※本記事は、2018年5月刊行の書籍『改訂版 認知症に負けないために知っておきたい、予防と治療法』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。