医師になりまだ1年も経っていない頃のことです。尊敬する外科の先輩から「進行した膵臓がんの時には血管雑音が聴こえることが多い。それだけで手術が難しいと判断できる」と教えて頂きました。46年も前のことです。爾来、化石医師は努めて腹部の聴診をするようにしています。

そんな診療をしている中でこの半年で7人の方で血管雑音が聴こえて来ました。このうち腹痛の方と肝機能異常の方を除くと他の5人の方は腹部の自覚症状はありません。でも7人の画像検査の結果、2人はGさん同様膵臓がんであり、1人は胃がんでした。残り4人中2人は腹部大動脈瘤があり2人は痩せた女性でした。

このような結果を見ると腹部の聴診は馬鹿にできません。血管雑音の他にも腸の蠕動音の異常も重要です。腹部を聴診して何の音も聴こえない。腸へ血液を送る動脈が詰まったことを知らせる大事な所見です。

「患者さんとよく話はしますがあまり診察をしないんですよね」。ある医師に対してのこんなぼやきがスタッフから聞こえて来ました。医療の進歩により化石医師が卒業した頃に比べると様々な診断法が発達普及しています。

「聴診したり触ってみるよりそうした検査をした方が早いし、正確に診断できる」。若い先生方はそのように思われているのかもしれません。でもそうした検査をいつも行う訳には行きません。

前述の膵臓がんの1人と胃がんの方は別な病気で通院されていました。たまたま化石医師の外来を受診されがんが見つかりました。もしそれまで診療を担当されていた医師が腹部の触診をしていたら、もし聴診をしていたらもっと早く膵臓がん、胃がんは診断されていたかもしれません。

ある日Gさんの奥さんが訪ねて来られました。奥さんとは面識はなくその日が初めての出会いです。東京へ帰られたGさんが亡くなられた報告と化石医師への感謝の言葉を残されて帰って行かれました。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『新・健康夜咄』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。