「何! お前どうやって縄をほどいた?」

するとその男は急に冷静になり、下を向いて小さな声で笑った。そしてしばらくすると顔を上げて「ふっふっふっ。察しが悪いね、司令官」と言った。

そして彼は立ち上がり壁に貼ってあったこの国の地図を手でたたいて「“これ”をひっくり返すことができるんだぜ?」と言った。そして彼は椅子に座って下を向いた。

「そんなことができるものか」

するともう一度顔を上げて「ふっふっふっ。やっぱり察しが悪いね、司令官」と言った。さらに続けて

「前にいる軍幹部(憲兵司令官)を殴り殺してしまえば、誰もこのことを伝える奴はいなくなる。一度“火”を放てば全体に燃え広がるまですぐだ!」

そしてまた下を向いて、小さく笑い始めた。私はしばらくの間黙っていた。つまり朝の演説で自分の近くにいる監視役の軍幹部を殴り殺し、二十人の兵士はあらかじめ買収しておき、汚職のことを千七百人に伝えてしまえば、この国全体にそのうわさが火の如く広まり、革命が起こり、この国をひっくり返すことも可能ということか。

確かに、誰でもこの腐った国を変えてやりたいとは一度は思うだろう。それに私ももう齢(よわい)五十九で高齢だ。失敗して死刑になっても大して損はしないのではないか。多分この男も私がこう思うだろうと思って、この話をしたのだろう。

しかし、私はもっと根本的な、大事なことに気づいた。

「無駄だ。この部屋には盗聴器がつけられている」

するとさっきまで下を向いていたその男は、またゆっくりと顔を上げ、「ふっふっふっ」と言った。このとき彼はなぜか「察しが悪いね、司令官」と同じことを繰り返さなかった。

私が首をかしげていると、彼は

「残念だなあ。こんなムショ燃やしてやりたかったのに」

私ははっと気づいた。盗聴器で聞いた場合……。ひっくり返すのは、この国ではなく机! 殴り殺されるのは、私! 火を放つのは、ランプ!

政治家は翌日銃殺された。その一週間後、私は満を持して、千七百の聴衆の前に立ち、早朝の演説を始めた。

Now is the revolution!

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。