我々は、偉大な科学の進展の時代であるとともに、恐ろしい軍事政治的冒険の時代の嵐の中を生きています。我が国の社会史は世紀の変わり目に文明的分岐点に差し掛かりました。啓蒙思想なのか伝統なのか、学問なのか頑迷なのか、発展なのか低迷なのか、そのどちらかを選ばなければいけませんでした。

全人類に向けてのビジョンを持っている学者を我々の首都でもてなせ、というステファン三世大王の決定がいかに慧眼に満ちて影響力のあるものだったかが明らかになりました。そのビジョンは、全人類の小さな部分である我々の社会にも計り知れない発展の道を開きました。

従いまして、テスラ研究所がその科学研究室と実験室をベオグラードに開設した時に、全世界の眼がバルカンの方角に向いたことは、少しも不思議なことではありません。そしてこれらの眼の中のいくつかが最善の意図で私たちを見ていなかったことは、私たちにとって同じく驚くべきことではありません。(S.ヨヴァノヴィチ プランクのスキャンダルと現代セルビア国家:序文。セルビア王国アカデミー、一九二四年、セルビア王国国立印刷所にて印刷)