「そう、そこで初めて朔太郎は自分の弱さを知るんだ」

美津は少し昂揚してきた。喜久は心配そうに美津の肩を抱いた。

「朔太郎はいろいろなしがらみにしたがって生きていた。……でも二人は負けてしまうんですよね。二人はそんなことに、どうして負けてしまうんですか。自分たちの理想を、どうして押し通すことができないんですか」
「大きな社会はそう簡単には崩れない。日本は徳川が崩壊してから、まだ半世紀も経っちゃいないんだ。そりゃあ汽車が走り、煉瓦造りの建物ができ、着るものも洋風になった。では人の心根はどうだ。農村を見ろ、いまだに飢えている。地方の村々では暴動も起きている。しかしお偉方は貧しい民なんぞ見ちゃいないんだ。外国に攻め込んで、勝った勝ったの浮かれようだ」
「でも、そんなことは二人には関係ありません。二人はそれをどうすることもできないんですか」
「淺野、あまり興奮するな」と寺田がたしなめる。
「いや、二人だけの力ではどうにもならない。この小説では、二人の悲劇を描くことによって、社会のもつ矛盾を描こうとしているのさ」
「では、次の小説で何かが示されるんですか」
「いやー、困ったな」
「では、木島先生の求めているものって何ですか?」
「求めているもの……それは民衆の蜂起さ」
「木島!」

びっくりして寺田は言葉を遮った。

「ハハハ……。口が滑っちまったかな。女子どもを相手に調子に乗りすぎた。我ながら恥ずかしい」
「それってひどい。女性を見下しています。先生の小説と矛盾しています」
「あんまり興奮するなよ、二人とも。淺野、初対面の人にあまりにも失礼じゃないか」
「申し訳ありません……でも……」
「あー、もうおしまい、おしまい。……いいか淺野、このことは、くれぐれも外では言うなよ。この中だけのことだ」

美津は、寺田に話を遮られて、どっと疲れが出たように感じた。

「紅林先生、私たち講堂でお話を聞かせてもらいます。みんな行こう」

喜久がみんなを促した。

※本記事は、2018年3月刊行の書籍『ブルーストッキング・ガールズ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。