2012年の夏に起こったPC遠隔操作事件をご存知の方は多いと思います。繁華街を狙った爆破予告、有名大学附属幼稚園の児童や芸能人を狙った殺害予告、さらには伊勢神宮への爆破予告など日本中を震撼させた事件でした。無実の4人が逮捕されるなど、突然他人から陥れられるネット社会の恐さを知りました。誤認逮捕された方の傷は相当深いに違いありません。

威力業務妨害などの罪に問われながら「無実」を主張し続けた被告が、自ら犯したミスのためあっけなく真犯人と自白しました。救済に力を注いでいた弁護士の苦渋に満ちた表情が印象に残ります。

弁護士をも完全に騙していたという被告は、4人の誤認逮捕に「やった」と漏らしたといいます。この言葉を聞いただけでいかに異常な時代であるかがわかります。

私の印象に残るのは弁護士と接見した被告が、自分は「嘘を平気でつける」と言い放ったことに対して、弁護士が「どうしてああいう人が生まれたのかということを考えないといけない」㉑と感想を漏らしたことです。ここに企業で人を育て上げようとする際の教訓があります。

今、私の手元に京都大学経済研究所の西村和雄教授の研究結果(2014年2月「基本的モラルと社会的成功」㉒、有効回答数1万5949件)があります。こうした事件が起こるたびに評論家やコメンテーターが諸説を述べますが、西村教授の指摘はものごとの因果関係の原点を特定されているため説得力があり、かつわかりやすいものです。

ここに抜粋して紹介します。

「うそをつかない」、「人に親切にする」、「ルールを守る」、それに「勉強する」という4つの内容のしつけを受けてきた人は、それぞれ受けなかった人より所得が多くなる傾向があり、4つをすべて受けた人の年収の平均がおよそ480万円だったのに対し、1つでも受けなかった人は64万円少なくなっていました。

このうち「うそをつかない」、「人に親切にする」という2つは、学歴には差が見られなかったものの、所得には差が出たということです。また、「不正を目にした場合に通告するか」など倫理観について尋ねたところ、4つの内容のしつけを受けた人たちは、高い倫理観を持っていたということです。㉓

社会に貢献できる人間に育てようと願うならば、次のことに気をつけるべきだと説いています。「うそをつかない」「人に親切にする」「ルールを守る」「勉強をする」という素朴な言葉を子供にかけたかどうかがその後の人生を大きく左右するというのです。企業内における人材育成にも大いに参考となる分析です。

PC遠隔操作事件の被告も、幼い頃に4つのしつけを受けていたら暴走する可能性は非常に低かったはずです。

社会人基礎力が不足していますと、無駄なコミュニケーションが発生し、その分、問題解決が困難になる、組織運営に支障をきたすなどして、コストが大きく増加することがあります。現代のような高度化した情報社会では専門知識を磨き続けることが不可欠ですが、その可能性を大きく引き出すのが社会人基礎力なのです。

※本記事は、2020年1月刊行の書籍『確実に利益を上げる会社は人を資産とみなす』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。