僕にも、ひとつ下にFという優秀な部下がいた。Fは僕より1年後の入社ではあるが、一浪しているので年齢は僕と同じで、僕が入社4年目に配属された現場の事務職として配属された。その現場は、所長、工事長と、係員の僕という三人体制だったため、あらゆる雑務を僕がこなしていた。そこに協力してくれたのがFだ。事務職の立場でありながらFは、現場作業も手伝ってくれる、とても好奇心旺盛な人材だった。

僕が何か指示をしたというより、普段の会話の中で自然に役割分担が決まり、お互いに助け合っている、というような感覚だった。普通は事務職が担当するような業務を僕がこなすこともあれば、その反対もあった。お互いに気が合ったこともあるのだろう。常にFと仕事をする時には笑いが絶えなかった。どんな仕事もスムーズに進み、手配漏れもない。

Fは複数の現場を兼務していたので、僕の現場に来るのは月に数回だった。にも関わらず、指示の伝達ミスがあったことはない。そうなれたのは、僕が積極的にコミュニケーションを取る中で、Fの考えを傾聴し、夢や目標も共有するほど、Fを理解していたからだろう。お互いのことを知っているからこそ、「この人ならこうするだろうな」という風に考えることができる。

この時、僕がFの個人的な事などに興味を持たず、ただ会社の部下として接していたら、そこまでにはなれていなかっただろう。「兼務だからって言い訳せずにこっちの仕事もきちんとこなしてくれよ」なんて事しか言えないようなら、Fとの関係ばかりか、現場にも悪い影響があったはずだ。

職人であれ部下であれ、ゼネコンマンとして仕事をする上でのパートナーだ。そのパートナーと、お互いの人生を良くしようとする姿勢が伝われば、人は動くのだ。

本丸に攻め入る

あなたは、職人の会社や加工場に行ったことがあるだろうか。品質検査のために鉄骨工場や生コンプラントに行くことはあっても、鉄筋工や型枠大工の加工場、足場鳶の資材ヤード、内装業者の本社などには行ったことのない人が多いと思う。この場所こそが、本丸だ。

もちろん、普段は現場で作業しているから、現場=職人の仕事場ではあるけど、あなたにも本社があるように、職人にも会社がある。ゼネコンマンは現場に直接通勤するから、むしろ支店や本社に行く方が珍しいと思うけど、職人の多くは毎日会社に出勤してから現場に入ってきたり、あるいは現場が終わってから翌日の段取りで加工場に戻ったりするので、職人にとっては会社がホームであり、心休まるところなのだ。

たとえば鉄筋工事では、現場に搬入される鉄筋は、真っすぐの鉄筋もあれば、Uの字型だったり、色々な形や長さに加工されている。これはそういう形で鉄筋を精製したのではなく、もともと真っすぐな鉄筋がメーカーから鉄筋業者の加工場に搬入され、それを加工してから現場に搬入しているのだ。

なので、現場で配筋している職人だけが鉄筋工事ではないのだけど、現場しか見ていないとどうしてもその事に目が行かない。僕も初めて鉄筋工事を担当した頃、契約内容にない追加の作業を見積りしてもらうことがあった。その工事の現場施工に必要な職人の人数は、すでに職長とも打ち合わせしていた。それに材料費をプラスしておおむね見積り金額もこんなもんだろうと予測はしていた。

でも実際に提示された金額が想像より高かったので、不思議に思って内訳を見ると、確かに現場施工の人件費は予測通りだったが、加工をする職人の人件費が入っていたので予測した金額より高くなっていたのだ。

考えてみれば当たり前のことで、自分が職人の立場だったとしても、もちろん加工代も請求するだろうけど、どうしても現場管理に張り付いてしまって周りが見えないのだ。当時の僕を含めて、多くの若手ゼネコンマンはそこまで気が回らないと思う。

だからこそ、そこに踏み込むことができれば、職人から大きな注目を集めることができる。僕が初めてこの一歩を踏み出したのは、この鉄筋工事の現場だ。躯体工事も終盤にさしかかったある時、僕が設計変更の内容を鉄筋業者に伝えていなかったために、現場施工しようとしてから加工のやり直しが必要だと発覚して、用意していた鉄筋材料を全てムダにしてしまい、激怒した鉄筋工を帰らせてしまった。

せっかく加工したものが「実は間違いでした」なんて言われたら誰だって怒りたくなる。本当に申し訳ないことをした。でも、そこで加工してくれた人に謝ろう、普段の仕事ぶりを知ろう、という気持ちで鉄筋業者の加工場を訪れたことが、大正解だったのだ。

加工してくれていたのは、80歳を超えた職人だった。僕の不手際を謝ると、その職人は何も言わず、笑ってくれた。どうやって図面をみて、どうやって加工しているのか、僕はただ眺めていた。そして周りを見渡すと、いつも一緒に現場で作業している職人の仕事道具や私物などが置いてあって、職人の普段の生活を見られた気がして、とても新鮮な気持ちになった。

そして次の日、鉄筋業者の職長に加工場に行ったことを伝えると驚いていた。その鉄筋業者にとって、加工場まで来た人は初めてだったのかもしれない。嬉しいことに、「また来ていいよ」と言って頂き、今度は職人が加工場に集まっている日に訪れたのだが、この時、加工場にある休憩所ですごした時間は忘れることができない。

現場で見たことないほど、職人はリラックスしていた。家族の話、趣味の話、何でもない会話だったけど、とても楽しい時間だった。それから後の現場作業は、まさに阿吽の呼吸と言っていいほどコミュニケーションがよく取れ、事故もトラブルもなく完了した。

それから何年か後、僕がゼネコンを退職することをこの職長に伝えた時、地元の有名な日本酒をわざわざ僕の現場まで持ってきてくれた。嬉しくてその日の晩に飲み干したので味は覚えていないが、最後にかわした握手の熱量は今もこの手に残っている。勇気を出して本丸に攻め入ることで、現場だけにとどまらない、職人との深い人間関係を築くことができるのだ。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『スマートゼネコンマン~残業なしで成果を出す次世代現場監督~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。