逆に、スイッチングコストを低くし、他者からのスイッチを促進する戦略をとるのが、プリンター業界です。最近のプリンターはコピー機能、スキャナー機能がついているのに驚くほど低価格になっています。

しかしインクカートリッジの価格はどうでしょうか。1本5000円を超えるものもあり驚きます。本体を安く提供し、他社製品から自社製品へ切り替えてもらえばその後のインクカートリッジの購入で売上が持続的に確保できる仕組みです。

携帯電話も他社からの切り替えの際には本体を無料で提供し、一時期問題になりましたが、その後の通信費で儲ける考えです。携帯電話も新規契約は簡便な手続きでできますが、解約は面倒な手続きが必要で、容易には解約できないシステムになっています。

ではこれを病院に当てはめるとどうなるでしょうか? 

現在通院中の病院を他の病院に替えると、検査のやりなおしによって発生する「金銭的コスト」「手間コスト」、これまでの病歴を再度説明しなければならない「手間コスト」、また担当医がどのような医師に変更されるのか分からない「心理的コスト」などがあり、患者にとって病院を替えることはスイッチングコストが高く、少々の不満があっても現在の病院に通い続けることを選びます。

逆に、病院にとって顧客(患者あるいは開業医)を確保するためにスイッチングコストを高めることは一つの経営手法となりますし、他病院から顧客(患者あるいは開業医)を奪うなら、スイッチングコストを低減できるような戦略を練ることも重要です。

より高度な手術や癌などの致死的な疾患を治療した病院では、他院へ移ることはより高コストであり、他院で模倣できない高度な医療を提供することはスイッチングコストを高めることにもつながります。

肝臓病患者への肝生検検査も、他院で繰り返して侵襲のある検査を受けるのは回避したいので、肝生検検査を受けた病院に通院し続けます。病院によってはCT、内視鏡検査などの予約を簡便化し、紹介患者なら当日検査をしてしまうところもありますが、これがまさにスイッチングコストを低下させて、他院から自院へ移行させる戦略です。

以前住宅ローンを借りていた頃ですが、「金利が高いので他の銀行との契約に替えようかな」とつぶやくと、いきなり次の月から金利を下げてくれたという経験があります。これも金利を下げることで間接的にスイッチングコストを上げ、顧客の維持を狙う戦略です。

一方で、最近多くの病院で普及した電子カルテも、一度導入すると他のメーカーに替えるにはスイッチングコストがかかるため、その後の維持管理費が少々高くても、少々アフターサービスが高くついても、現在のメーカーの電子カルテを使わざるを得ず、病院よりも売り手のメーカー側の交渉力が強くなります。

電子カルテ導入時には、あらかじめ保守契約を結んでおくなどの注意が必要です。

※本記事は、2017年12月刊行の書籍『MBA的医療経営』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。