謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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翌朝、まず決めなければならないことは足の問題だった。コンシェルジェに相談すると、オフィシャルガイドを雇って車をチャーターし、街を回るのがベストであると勧められた。見知らぬ土地の初日だから、ガイド兼通訳兼運転手を雇うのは確かに良い方法である。
しばらくしてホテルに現れた公認ガイドはルイジ・アンホドロと名乗った。
今日一日のスケジュールを書き留め、ガイド氏のIDカードや免許証のコピーを、フロントにルームキーと一緒に保管を依頼した。同時にガイド氏と費用や条件の確認をする。宗像のいつものやり方だった。
こちらの希望を話すと、建築家のシザなら良く知っていると言う。おまけに幸運にも絶景として知られる、隣町パルメイリャのマトジーニョス海岸に建つ、彼の初期の作品であるボア・ノヴァ・レストランにも案内してもらえることになった。
「そこは夜九時半頃に行くのがベストです。なぜならば夜十時少し前にやっと暗くなりますからね。日没前の絶景とファンタジックな夜景の両方が楽しめますよ」
アンホドロは片目を瞑り、任せてくださいというような顔付きをした。これで今晩の食事は決まったようなものだが、昼はどうするのか? そう尋ねるとアンホドロは自信満々な笑みを浮かべた。
「もちろんそれも考えています。美術館の後は対岸のワイン・セラーを訪問しましょう。まずは見学して、その後、ビンテージ・ワインの試飲をするのです。いろいろ味わって、結局、買わなくとも無料なんですよ。ええ、そういうシステムです。
そのほろ酔い加減のまま、旧市街にある有名なモデルニスモ・デザインのカフェ・マジェスティックで、軽くサンドイッチでもつまんだらいかがですか? これが晩餐を中心に考えた私のお勧めプランです」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商