細山はコードブルーの時は必ず一番に現場に到着し、心肺蘇生を行っていた。細山はそれほど勉強ができるわけではなかったが、咄嗟の時に正しい判断ができるタイプだった。宮岡と僕は細山に聞いたことがある。

「どうしてコードブルーの時にあんなに堂々と的確に動けるの」
「分からないけど、追い込まれた時ってやるべきことだけがくっきり浮いてくる感じがするんだ。もちろん選択肢はあるんだけど、ほかのことは見えなくなる。英字新聞をパッと見て意味を把握するのは無理だろ? でもマーカーが引いてあったらそこを読む。咄嗟の時にはマーカーが見えてそこだけを読んでいる感覚なんだ。だから実は全体は理解できていないんだけど」

細山は笑いながらそう答えた。細山は決して人に対して偉ぶるタイプではなかったし、見栄を張るようなタイプでもなかった。

細山は本当のことを言っている。僕たち2人は直感的にそう理解した。

もちろんそれはあくまでも比喩だ。要するに、細山は咄嗟の時にアドレナリンが出て神経が研ぎ澄まされるアスリートのような気質を持っているのだろう。

「普段は一切教科書にマーカーなんて引かないくせに」
「おれの教科書はマーカーだらけなのに、引いたはずのマーカーが咄嗟の時にはなぜか消えている」

僕と宮岡は冗談で返したが、まさに細山は救急医にふさわしい人材である。もう1人の同期、宮岡はみんなが一目置く存在だった。カンファレンスで細山の患者さんの治療方針について検討していた時のことだ。

「この患者は肺癌の末期で、呼吸状態も悪く、意識も朦朧とした状態です。余命2週間程度と予想されます。このまま看取りの方針です」

細山が自分の患者さんをプレゼンする。末期だから仕方がないな、という空気になる。こういう患者さんはたくさんいる。

「痛みはコントロールできている?」
「はい、大丈夫です。引き続き、状態を見ながらオピオイドを増量していこうと考えています」

細山は心優しい。救急だけでなく緩和医療も細山の得意分野だ。カンファレンスに参加している上級医も納得の表情を浮かべている。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。