14時00分、特急アルファ・ペンドゥラールは静かにリスボン・サンタ・アポローニア駅を離れた。これからポルトまでの三二〇キロメートルを三時間で走るのだ。

宗像は二台のカメラにそれぞれ新しいフィルムが装填されていることを確認してテーブルに置いた。

アルファは発車するとすぐに、一九九八年リスボン国際博覧会の会場になったオリエンテ駅に停車した。駅舎は細い鉄骨が連続しながら上方に向かって朝顔形に広がり、まるでガラスの天蓋によって覆われたゴシック寺院のようだ。

右手彼方には、紙のように薄いコンクリートの吊り屋根に、その特徴が表れるポルトガル政府館が垣間見える。そしてさらにその奥に、テージョ川が悠々と流れていた。

夕方になったとはいえ、肌を刺す強い日差しは、むしろその密度をいっそう高めているような午後五時半、アルファはポルト・カンパニャン駅に到着した。

駅前の車寄せは思いのほか小さく、目の前には華やかさとは縁遠い黒く薄汚れた建物ばかりが建ち並んでいる。この時刻、タクシー待ちの客は、宗像の前には中年女性が一人いるだけだった。駅の正面はまともに西を向いているらしく、射るような日差しが斜めになって車待ちの乗客たちの顔を照らしていた。

ふと振り返ったとき、ちょうど真後ろに並ぶ若い女性客と目が合って微笑を交わした。彼女はタクシーを待ちながら、熱心に旅行案内書らしきものをを読んでいた。猛暑の中、なかなかタクシーが姿を現さない。宗像もなんとなく手持ち無沙汰で、ふたたび後ろを振り返ると、先ほどの若い女性客に話し掛けた。

「なかなか来ませんね。この時間、ポルトのタクシーはみな昼寝でしょうか?」

若い女はにこやかに笑顔を返し、切れの良い声ではっきりと答えた。
「案内書にポルトはタクシーが少ないので、スケジュールには余裕を持ちましょうと書いてありますわ」

GパンにTシャツ姿。白いキャップにスポーティなサングラス。初めはかなり若いと思い込んでいたのだが、女の声とその立ち居振る舞いには、その第一印象とは異なる落ち着きが感じられた。

「イギリスからですか?」

再び後ろを振り返ってそう尋ねると、返ってきた二度目の返事によって、女は間違いなく外見の印象よりも年上であると判断することができた。

「はいロンドンからですわ」
やはり切れの良い、良く通る声だった。

タクシーは依然として到着しない状況が続いていた。そのとき、タクシー乗り場で一人の男が声を張り上げた。

「乗客の皆様、お暑い中まことにありがとうございます。私共の見込み違いから、車のローテーションに不具合が生じました。申し訳ございませんが、かなりお待ちいただくことになろうかと存じます。宜しければ相乗り対応なども含めてご理解・ご対応くださいませ」

どうもタクシー会社の配車係の職員のようだった。ほとんどの乗客たちはいっせいに顔を見合わせながら不平をもらしていた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。