「もう立すいの余地なし、フルゲストって感じ」

ニコッとしてマネージャーは答えた。

「そうかぁ、じゃあこっちだ」

翔一は、左側にあるドアを、押し開けて中に入っていく。香子も、その後について入るとそこは『DISCO QUE』のダンスフロアーが、最高の位置で見渡せるDJブース。2台並ぶターンテーブルの前にナイキのキャップをかぶったDJがレコードに針を落としているところ。

2人が、ドアを開けて入ってきたコトに気づいたDJは、自分の右手を顔の横で開いた。翔一は、その開かれた手に自分の手のひらを『パンッ』と、気持ちいい音をさせて握る。

「おはよう」

2人は、言葉を重ねて挨拶を交わす。これからの3時間、翔一は、彼のブレークタイムをサポートする。ゲストDJとして。

「じゃあ俺、休憩に出てくるね」

交代したDJが、ブースのドアを開けて出て行くのを見送ると翔一は、香子に向き直り

「このお店では、ちょっと気合を入れて真剣にやるから香子ちゃんは、横で見ててね」

香子は、微笑んでうなずいた。

『土曜日の夜なんだし、そばには香子もいるし』

前半、沈みがちだった気分を一気に振り払おうと、六本木でも特に賑わうこのDJブースで、選曲に没頭した。会心の選曲だったと、思う。その証拠は?

『だって、俺の担当したパートでお店から出ていったゲストは、1人もいなかったよ』

※本記事は、2017年9月刊行の書籍『DJ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。