他にも、看護師として勤務しながら野球を続けている主婦もいれば、会社員として働きながら野球に取り組んでいるOLもいたし、もちろん、学生もいた。

それぞれがそれぞれの理由を持って続けている「野球」というスポーツ。

当たり前のことだと承知しながら、それでも私は、

「野球って本当に素晴らしいスポーツだな」

と思わずにはいられなかった。

いや、その思いは私だけに限らず、この場にいたすべての人間に共通する思いだったのかもしれない。

突然、奥のテーブルから破裂するような嬌声が響き渡った。

そこでは、5人の日本人高校生たちが、通訳を介さずに片言の英語を操りながら、それぞれが見事にコミュニケーションを図っていた。

何やら冗談をいったのだろう。

その言葉に反応して、その円卓は大きな笑いに包まれていた。みんなでデジカメを手にしながら、思い思いのポーズで写真を撮り合っている。

「お酒も飲まないであれだけコミュニケーションが取れるなんて、本当にあいつら、すごいですね」

と、トレーナーが嬉しそうにつぶやいた。

香港チームのコーチを務めているオウ・ウィン・ロンが、同じ円卓に座っていた私に話しかける。代表チームのコーチとしてワールドカップに出場した経験を持つロンもまた、男性として女子選手をどのように指導したらいいのか頭を悩めていたのだろう。

これまでのクリニック風景を興味深そうに見つめていたロンが、通訳を介して私にさまざまな質問を投げかける。国籍は違っても、「女子野球に関わる男性コーチ」という同じ立場ならではのコミュニケーションが始まろうとしていた。

野球を肴(さかな)に、大人はビールやワイン、子どもはコーラとジュース。

弾けるような笑顔があふれる。

時を忘れさせるような宴は、しばらくの間続いた──。

 

7

 

懇親会の翌日、私は香港の船着き場に足を運んでいた。

私が香港を訪れるのは33年ぶりであった。

私は大学時代に実現したい二つの夢を抱いていた。

一つが自費でのフーテン・ヨーロッパ旅行、もう一つが部活動(拳法道部)での日本一であった。

広島市役所のゴミ収集のアルバイトを高校3年生から大学4年生までの毎年の夏休みに行い、さらに高校3年生の9月からアルバイトをしていた『モンブラン』という喫茶店で貯めたお金で、大学3年生の2月・3月にヨーロッパ・アジアをフーテン旅行している。

このとき、約50万円(当時時給230円)を貯めたが、まだ20万円の不足があったが、モンブランの大崎浩志(ひろし)マスターが、

「旅行に足りない20万円を貸してあげるよ。支払いは出世払いでいい。若いときの体験と苦労は一杯することだ」

といわれ、こころから感謝の気持ちで一杯になっていた。

この借りたお金は大学卒業後に就職した最初の冬のボーナスですべて完済することになる。

この旅行の中での強烈な体験が私の脳裏に焼き付いている。

霧の都ロンドンから始まりスイス、イタリア、オーストリア、ドイツ、スウェーデン、オランダ、ベルギーなどを旅行し、ヨーロッパ文化の優雅さや伝統の重さを肌で感じ、最後は花の都パリのオルリー空港から一路日本へ帰国をしようと機内で待機していると、突然アナウンスが入った。

「この飛行機は空港の管制員がストライキを行ったため、フライトできなくなりました」

とアナウンスされた。

そのため、その日は、旅行中安宿に宿泊したり、移動は夜行列車を利用して宿泊費を浮かせるなどの貧乏旅行をしていた私には、想像もできない超豪華なホテルであるヒルトンホテルに無料で宿泊できるチャンスに恵まれた。

翌日、ストライキは解除されたが、日本行きの飛行機はなく、取りあえずインドまで行くことになり、私の旅行日程にはなかった未知の国インドへ入国することとなった。

インドのボンベイ(現在はムンバイ)空港にジャンボ機が着陸した。私は日本とあまり変わらないヨーロッパを踏みしめて歩いた足で、インドの土地を踏んだ瞬間、全身でショックを感じていた。

ボンベイ空港に到着後、私の知られざる世界が私の意思とは無関係に目の中に容赦なく入り込んできたからだ。

私はホテル行きのバスの一番後部座席に乗り込んだ。見ると日本の中古バスで左右の窓が全開になっている。座席に座ると同時に目の前に数十匹のハエが飛んでいた。

──今回旅行したヨーロッパとは……違うぞ。

と思っていた矢先に、インドの人たちがバスに近寄り全開の窓から両手を突き出し何やら手のひらを動かしていた。

それは物乞いであった。

異様な動きをしている光景を後部座席から見ていた。

──日本とは……違う。

と私は驚いていた。

バスにまとわり付いた人たちをクラクションで追い払ったバスは、静かに発車した。車窓からは遠方に近代的なビル群、間近にはバラックの家々が立ち並び、貧富の差をまざまざと見せつけられてホテルに着いた。

※本記事は、2017年2月刊行の書籍『女子硬式野球物語 サクラ咲ク1』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。