「ふつうは、できない。宮廷の料理は、尚膳監(しょうぜんかん)と御酒房(ごしゅぼう)がつくることになっているからな。だが、帝室のどなたかが所望されれば、べつだ。まえに、張(チャン)前后の話をしたろう」

「ああ」

「麵が、お好きなんだそうだ、別宮にうつられてから、食事もろくに、お召し上がりにならないらしい。皇太后さまが、不憫におぼしめされてな。好物の麵ならと、城外の料理人をよんで、腕をふるわせようというわけだ。それで、おぬしのこの麵を推薦しようと思うが、どうだ」

「うーん……」

私は、思案をめぐらした。麵をつくりに参上しても、あの子に危険がおよぶとは、考えにくい。あとは、漁門の上層部が、なんと言うかだ。

「わしの一存では……」
「では、おぬしの上役を説得すれば、よいのだな?」
「うむ……」
「材木の一件いらい、ご無沙汰だが、ひとつ、それがしが、口説いてくれよう」

田閔(ティエンミン)が去ったあと、私は考えた。

彼が私のところへ来たからといって、すぐに張前后にお出しするというわけではあるまい。城外に、麵をつくる職人など、少なく見つもったって百人はいる。ひょっとすると千人以上、いるかもしれない。まずは候補をしぼって、そこから一人か二人、えらんでゆくのだろう。

その後しばらく音沙汰なかったが、嘉靖十四年正月、私は、予期せぬ客を、むかえることとなった。

宮中の正戸が、おしのびでやって来たものと知れた。麵をすする三人のなかに、見おぼえのある人がいたからである。

浄軍として宮中に入った初日、彼は、窈窕(ようちょう)の繊身をたばねる帯のように、張(チャン)皇后に近侍していた。くっきりとした切れ長の一重まぶた、その下にやどる涼しげな眸。冴えざえとした美貌は、蠟細工のような張皇后の横顔とともに、記憶にのこっていた。

――眉目うるわしい人は、食べる姿も、清雅たるものだ。