沙也香に一声かけて浴室に行き、ゆっくりと長風呂を楽しんだ。湯上がりの髪を拭きながらリビングに入ってみると、沙也香はまだパソコン画面に集中していた。パソコンを閉じる気配はまるでない。まゆみは遠慮がちに声をかけた。

「沙也香さん、ちょっと一休みして、お風呂に入ったらどうです?」

しかし沙也香は、うん……と生返事をしただけで、動きそうなようすがない。しかたがないので、まゆみはそのままようすを見続けていた。

そんなことをして時間をもてあましているうちに、眠気をもよおしてきた。考えてみれば、寝たのは、昨夜というより今日になるが──深夜の一時過ぎで、起きたのはまだ夜が明けない五時前だった。眠いはずだ。

まゆみは、あいかわらずパソコンに集中している沙也香に声をかけた。

「沙也香さん、もうそろそろお風呂に入って寝ましょうよ。明日もまた朝早いですよ」

まゆみの声に、沙也香はふと時計を見た。時計の針は十一時を回っている。

「ああ、もうこんな時間になってるわ」いつものことだが、仕事に集中していると時間が経(た)つのが早い。「まゆみさん、遠慮しないで先に休んでて。わたしはもう少しやっておきたいことがあるから」

「そうですか。じゃあ、わたしは先に休ませてもらいますね」

まゆみはそそくさと寝室に入ると、ベッドに潜り込んだ。柔らかくて適度な弾力のあるベッドに横になると、睡魔がぐーんと身体を引きずり込んでゆく。

明日は坂上という人が奈良を案内してくれることになっている。高槻夫人が知り合いの新聞記者にお願いして、二人のガイドをしてもらえるよう頼んでくれたのだ。そのガイド役の人は、朝七時にホテルに迎えに来てくれることになっている。

それまでに朝食を済ませ、出かけるしたくをしておかなければならない。するとまた五時には起きなきゃいけないなと考えているうちに、いつの間にか、まゆみは深い眠りに落ち込んでいた。

 
※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。