「でもさ」泉が口を開いた。「たぶんこれから先、私たちだけで生きていくのは無理だと思うよ。それに、今井村の人たちは、探検隊にとてもよくしてくれた。その気持ちを今さら無視するなんて――そんな不義理なこと、できるかしら」

「できるかしら、じゃない。やるしかないんだ」早坂は耳まで紅潮させて泉を睨みつけた。「ここは非情にならなくては、歴史が」

「待てよ、早坂」岩崎が口を挟んだ。「歴史のことは分かった。だが、俺は思う。歴史がどうとかよりも、とにかく今、俺たちがどう生きるかの方が重要じゃないか」

「岩崎、きみは理系でいくらか物分かりがいいと思っていたが……残念だよ!」

「残念と言われようが構わない。俺が今、何を一番に考えているかというと、みんなの安全だ。だからこそ、ああやって突貫工事で柵を作っている」

「柵を造りながら縄文人と交流するのは矛盾しているということが分からんのか」
岩崎と早坂は歯かみして睨み合った。

「喧嘩はよしてくれよ」林が割って入った。「岩崎君の考えはもっともだし、早坂君の配慮にも感心するよ。あと、泉さんの義理を通す気持ちもね。ぼくも同感だ。なぜって、ぼくは現に彼らの世話になったからね。

ところで、ユヒトたちはこっちの場所も知ったことだし、きっとまた遊びに来るに違いない。もしその時、杭の壁を閉ざしてつっぱねたら、何と思うかな――敵愾心(てきがいしん)を持ったと思って攻めてくるかもしれないよ。

そしたらぼくらは終わりだ。武器も無ければ地の利も無い。彼らは自然の厳しさの中で生きることに慣れている。一方ぼくらはモヤシ同然だ」

砂川はうなずいた。
「俺たちはもうここまで来てしまったんだ。引き返せない。彼らとも付き合いつつ、生きていくしかない」

「ホンット……おまえたちは……」
早坂は憤慨した。

その後、誰かの提案で、今後今井村の人間と会う時はマスクをする――口をタオルやハンカチで巻く――ことになった。口からの感染だけが感染ではないが、できる限りの予防をするためである。

その晩は散会となった。結論として、今井村との交流を断絶することにはならず、早坂と沼田は絶望的な表情を浮かべた。林は先を危ぶんだ。ここまで会議が割れることは無かったからである。

案の定、ギクシャクした感じはそれからも続いた。

翌日、泉と岩崎以外の大学生が袋倉駅へ向かった。藪の中の亡骸を埋葬したのである。大学生らは盛り土に手を合わせた。早坂と沼田は少し離れたところで神妙な顔をしていた。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『異世界縄文タイムトラベル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。