「はい。申し訳ございません。私は、ただいま二十六歳です。ですが、一つぐらいの事で、諦めたくはなく、二十五歳と書いて、応募をさせて頂きました。その点はお許し下さい。私は、御社の新聞を子供の頃から読んで育ちました。その事にご縁を感じております。

また、自己PR文にも書かせて頂きましたように、卒論を学会誌に掲載されましたように、物事をコツコツと積み上げて行く事を得意とします。秘書と言う正確さを必要とする仕事に自分は向いていると思っております。

また、長らくショールームの仕事も経験して参りまして、細やかな気配りなど、女性の特性を生かす事も得意と致します。よって、秘書職を強く希望しております。どうぞ、よろしくお願い致します」と頭を下げた。

「君。もし、秘書になったとしたら、最低三年はやってもらわないと困るけれど、結婚の予定とか、大丈夫ですか?」

さっきの男の左隣りのメガネの男が言った。

「はい! 全く予定はございませんので、大丈夫です」

澄世は胸をはって言った。一同がドッと笑った。

「では、結果は後日に」

右端の細面の男が仕切り、面接は終わった。澄世は立ち上がり、深々と丁寧にお辞儀をし、部屋を出た。廊下では、残り三人が息を殺して座っていた。

数日後、採用の知らせが届いた。健康診断を受け、問診で喘息はふせておき、あとの簡単な手続きはすぐ終わった。

初出社すると、すぐに引き継ぎが始まった。秘書室は、男性の秘書室長と、メインの女性とサブの女性の三人だけだった。

メインの女性が結婚退職するので、澄世が中途採用されたのだった。引き継ぎは二日間だけだった。

あとは室長に聞いてやっていけと言う事だった。サブの女性は、グループ会社からの派遣社員だった。

社内は放送会社と同様、社員の女性は少なく、事務の女性は、おおかたがアルバイトや派遣社員だった。そこへ澄世は、いきなり正社員で、皆が憧れる秘書のメインに抜擢された。応募は三百人を超えていたと言う。

面接官は、秘書室長と、編集局長と、総務局長と、人事部長だった。澄世に年齢の事を言ったのは、総務局長だった。後から聞いた話では、澄世は満場一致で選ばれたらしかった。

そんな澄世に、社内の女性達の空気は冷ややかだった。どこの会社でも女性だけのネットワークがあるものだが、澄世は、始めから蚊帳の外だった。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『薔薇のノクターン』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。