「その答えをぼくが知っていたら、もう教授に昇格していますよ」

「ああ、そうでした。それがわからないという話でしたよね」沙也香もつられて笑った。

「ええ? なんだかわけがわからないなあ」まゆみは頭を抱えるようにしてつぶやいた。「いったいどうなってるんですか」

「さあ、どうなっているんでしょうね」磯部もまゆみの口調をまねていった。「学者の中には、こんなわけのわからない状況から、六〇〇年の遣隋使は、中国側の記録の間違いで、ほんとうは第一次遣隋使というのはなかったんじゃないかといっている人もいます。たしかにそう考えてみれば、『日本書紀』に記載されていないことの説明はつくわけです。

しかしそう考えると、別の面から矛盾が出てきます。この後、六〇七年に、また倭国から使者が送られてきたことが『隋書』に記録されています。これがいわゆる第二次遣隋使ですね。そしてこの使者は、六〇〇年の第一次派遣のときと同じ倭国の男王から派遣されてきたと書かれているのです。

この六〇七年の記録は、『日本書紀』にも詳細に記述されています。ですからこの第二次遣隋使派遣がなかったという人はいません。そしてさらに重大なことは、この遣隋使が帰国するとき、裴世清(はいせいせい)という人物が大使に任命され、中国からの使者として倭国に遣わされてきているんですね。

そして彼は天皇──つまり当時の倭国王と対談して、そのときのもようを帰国してから皇帝に報告しているのです。この第一次、第二次と続く遣隋使を派遣した倭国王とは誰だったのか、これが大きな謎になっているんですよ」

「なんとなくわかってきました。高槻教授のノートに書いてあった謎というのは、そのことだったんですね」沙也香はつぶやくようにいった。

「ですがこの謎はそれだけにとどまりません。でもそれをすべて話そうとすれば、先ほどいったように、一日では終わらないかもしれませんので、ここまでにしておきましょう」

「ありがとうございました」沙也香は丁寧に頭を下げたが、ふと顔を上げていった。「あのう、厚かましいお願いなのですが、東京に帰ってから、わたしに古代史のことを教えていただくわけにはいきませんか」

「ぼくがですか。ええ、いいですよ。あなたは真剣に勉強しようとしているようですから」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」
沙也香は神妙な顔で頭を下げた。

 
※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。