第一章 ある教授の死

【この本の登場人物はこちら】

4

 「いや、くわしく説明すると、今日一日では済まないかもしれないので、簡単にお話ししますよ。

第一次遣隋使というのは、西暦六〇〇年に派遣された遣隋使のことです。中国で編纂された『隋書』という史書には、隋が中国全土の政権を担になっていた時代に起きた出来事が書かれています。

それによればですね、六〇〇年に倭国の王と名乗る男の王が、隋の皇帝に対して使者を送ってきたとされています。これが第一次遣隋使です。最初に隋に対して派遣した使者なので、第一次遣隋使といいます」

「それを派遣したのが、聖徳太子なんですね」
まゆみが口をはさんだ。

「さあ、問題はそこです。それがよくわからないんですよ。『隋書』には、倭国王はアメノタリシヒコと名乗る男王(だんおう)─男の王だと、使者はいったと書かれています」

「アメノタリシヒコですか。誰なんですか、それ?」まゆみは首をかしげた。彼女は歴史が好きで、暗記は得意中の得意だ。でもアメノタリシヒコなんて名前は聞いたこともない。

「それがわからないから謎なんです」磯部は小さく笑った。「このときの天皇は『日本書紀』によれば、推古(すいこ)天皇という女性の天皇だったことになっています」

「ああ、推古天皇なら知っています」とまゆみはうれしそうにいったが、ふと首をかしげた。「え? でもそれっておかしくありません? だって隋に行った使者は、倭国の王は、アメノタリシヒコという男性の王だといったんでしょう」

「そのとおりです。誰でも変だなと思うでしょう。しかもこの六〇〇年の遣隋使のことは、『日本書紀』には一言も書かれていないんです。先ほどの大鳥さんの質問に対する答えは、こうした事実のことです」

「なぜ『日本書紀』は、第一次遣隋使のことを書かなかったんですか」
沙也香が真剣な顔で聞くと、磯部はおかしそうに笑った。