2人1組になって両ひざを立てたままキャッチボールをする「両ひざスロー」。

さらに、片足を前に踏み出したまま投げる「片ひざスロー」などが指導される。

日本選手の実演を受けて香港選手が挑戦する。

しかし、どうも思ったようにボールをコントロールすることができない。

ある者は首をかしげながら、何度もボールを握り直し、またある者は日本人選手の近くに寄ってその身体の動きを凝視している。

足元からわずか先に置いた軍手を目がけて思い切りボールを叩きつける「軍手真下投げ」を始めた際には、再び、グラウンド上に嬌声(きょうせい)が響いた。

肩の強化につながるというこのトレーニングは、見た目は簡単そうに見えるものの、なかなか思ったように目標として置いた軍手にボールを当てることができない。わずか1メートル先の軍手なのに、中には数メートル先にボールを叩きつけてしまう選手もいた。

外野では、それぞれのチームの選手たちが須藤コーチのノックを受けていた。

すでに太陽は完全に沈み、カクテル光線に眩(まぶ)しく照らし出されたグラウンドで選手たちはボールを追いかけ、右に左に走り続けた。

平成国際大学の林が選手たちに指示を出す。

「前、前!」

しかし、どうも意思疎通がうまくいかず、林はそのたびに困惑の表情を浮かべていた。彼女は自分の番がくるたびに、大声を出して手本を見せた。

頭を越えそうな大飛球に対しても、的確な判断でボールの落下点まで一直線に駆け付けて、クルッと振り返りながら見事なキャッチを見せると、香港の選手たちから大拍手が沸き起こった。

こうして、午後3時から始まった練習は9時を過ぎる頃、ようやく終了した。

それぞれがいい汗をかき、満足そうな表情を浮かべて、

じゃあ、また明日ね!」

と握手を交わしたり、

「初日の記念に」

と、携帯電話を取り出し記念撮影に興じたりしていた。

初日の練習を終え、香港選手の実力、現状の理解は済んだ。2日目にも行われることになっていた練習試合の予定を急遽取りやめた私は、「基本練習の反復」に、より時間を割くことを決めた。

 

5

 

11月29日──。

クリニック2日目も晴天の晒草灣(サイトゥワン)棒球場にて行われた。この日も前日と同様、私の挨拶から始まった。前日に引き続き、私は香港チームに野球に対する心構えを語った。

その内容は三つの話であった。

一つ目は昨日、香港の選手たちが野球をする環境が悪いので、私たちは勝てないのだという話を聞いていたため、

「平成国際大学・花咲徳栄高校・クラブチームハマンジの3チームは、内野ほどの小さな同じグラウンドを使って、土・日は合同で練習をし、狭いながらも練習に創意工夫を凝らし、短い時間を有効に使い、集中して行っています。

そして、平成国際大学はワールドカップ出場者や関東ヴィーナス・リーグでは優勝、花咲徳栄高校は全国大会で春・夏連覇、ハマンジは全日本クラブ選手権で準優勝をしています。やればできると思います」

と自信を持って話した。

さらに、最近のニュースの中で、女性の部屋に忍び込み、女性を殺害したあと、火をつけて逃走するという事件が日本であり、そのことに絡めて「女性の部屋に火をつけるのではなく、志(こころざし)に火をつけて下さい。その志を実現するには、当然、努力が必要です。しかし、それは70点です。次は真剣、その次は絶妙です。これでも100%ではありません。では100%になるためには、何が必要でしょう……『夢中』という言葉です。女子野球を夢中になってやっていますか」

というものだった。

二つ目は、ある大学の医学部の標本室に入った時に受けた衝撃についてだった。

「その時に見たものは、二つの体が合体した標本、眉間に一重の目があった三つ目の小さな赤ちゃんの標本、さらに、眉間(みけん)にだけに目があった一つ目の赤ちゃんの標本がありました。私はショックを受け、その標本室を出たあと、天上から、おそらく野球の神様でしょう、『あなたは野球ができ、本当に精一杯の気持ちで野球を行っていますか』という雷電のようなメッセージを受けました」

その時の光景を思い出しながらとゆっくり話していた。

※本記事は、2017年2月刊行の書籍『女子硬式野球物語 サクラ咲ク1』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。