人種差別撤廃は、スタートラインに過ぎない――。
黒人の地位向上に腐心する2000年代の南アフリカ。人材の多様化と成長への隘路に挑む、ある商社員の物語。総合商社に勤める高倉は、子会社であるマキシマ社の再建を担い、社長として南アフリカに赴任する。人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から十年。そこで目の当たりにしたのは、格差と人種差別のない理想の社会の実現には程遠い現実。業績回復途上の会社に突きつけられる政府からの命題。それは、私企業に黒人の資本参加や管理職登用などを事実上義務付けるものであった。
2019年ラグビーW杯優勝国・南アフリカの葛藤から世界のリアルを描く、社会派ビジネス小説を連載にてお届けします。
八
翌日より高倉は社外取締役二人を含む七人の幹部の解任作業に入った。
ケニー・ブライアントとロッド・モーローの解任で、ある程度予想をしていたのか? 意外にすんなりと辞めてくれた幹部もいた。特に社外取締役の解任は問題なく進めることが出来た。
しかし怒り狂い、高倉に、
「ファック・ユー」とか「イエロー・ジヤップ」「今に見てろ、あとで吠え面をかくことになるぞ」
といったたぐいの、あらゆる罵詈雑言を浴びせかけて抵抗した幹部も数名いた。
中でも技術担当役員のフランコ・ハウゼンの反発は大きかった。
「私は技術担当であり、リトレッドはじめ技術関係の開発や改善には十分貢献しているつもりだ。会社の業績悪化を招いた杜撰な経営や不祥事には関与していない」
「あなたは会社役員という立場だ。技術のことだけやっていればいいというものではない。役員として会社全体のことに関与しなければならない。関与していないというのは、責任を回避していたということだ」
高倉は努めて冷静に言った。
フランコは反論する。
「関与していなかったという意味は、自分は不祥事はやっていないということだ。他の役員は公私混同していたらしいが」
「見て見ぬふりをしていたのか。会社役員としてますます無責任だ」
この言葉に、
「イエロー・ジャップにがたがた言われる筋合いはない。私はこの会社を辞めない」
と、ついにフランコは言ってはならない言葉を発した。
「あなたの机の中身はもうすでに全部段ボールに詰めて、ドアの外に出してある。会社に残りたいならその段ボールを持って会議室にでも行って仕事をやれ」
これでフランコ・ハウゼンは、諦めて会社を去った。
こうして高倉は固い決意のもとに、全幹部の首切りをやり通した。
『トカゲの頭切り』は終わった。
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。