三日後、高倉と秋山はS地区内のプラザホテルのロビーにあるカフェで密かに打ち合わせをした。

二晩ほとんど寝ないで頭が割れるほど考え抜いた高倉は、一つの結論を導いていた。しかしそれは胸にしまった上で、
「秋山君、人件費削減の方法を考えたか?」
と、聞いた。

「はい、やはり適切なインセンティブを設けて、全従業員平等に早期退職を募るのが良いと思います」

「うん、それが正道だろうなあ。だが、インセンティブを設けたとしても、それに乗って来るのは数名だろう。しかも、やめさせたい社員は手を挙げず、有能な人材だけが去っていくリスクがある。結局は会社として不要だと判断する人物をピックアップして、退職を勧告することになる。そうすると従業員は、明日は我が身か、との不安から仕事に集中出来なくなるのは必至だろう。そんな状態で拡販など出来る訳がない」

「そうですね。そうなる可能性はありますが……では高倉さんの考えを教えて下さい」

秋山は顔面を手のひらでつるりと撫でながら聞いた。
しばらくだまって天井を見つめていた高倉が、おもむろに口を開いた。

「人件費削減と従業員のモラルアップの一見二律背反の課題を解決する策を見つけた。それは『トカゲの頭切り』だ」

「えっ、それはどういう意味ですか?」

「業績不振の要因は従業員にあるのではない。会社幹部の経営に問題があった。だから幹部自らが先ず責任を取るべきだと思う。ケニー・ブライアント前社長は解任となった。ロッド・モーローは首にした。だがこれで終わりということではない」

「二人以外の幹部も整理するという意味ですか? でもそれは実行が難しいと思います。それに会社ががたがたになります」

秋山は目を丸くして反対した。声が自然と大きくなったので、まわりにいた客が二人の方を向いた。
ロビーは薄暗くなって来た。高倉はコーヒーを一口飲んでから静かに言った。

「幹部たちにはただオフィスでふんぞり返っているのが多い。だからいなくなっても影響はない。いや、たいしたことはやっていない上に交際費は使い放題だ。いなくなった方がむしろ良い。もちろん幹部の中には、残って欲しい人物もいる。その者は首にはしないが、給料は減らす。それで辞めて行くのは仕方がない」

「残したい人物とは誰ですか?」

「カンパニー・セクレタリーのアンドルー・レクレアぐらいだな。社外取締役を含めてあとの七人は不要だ」
と小声で吐き捨てた。

「どうやって首にするんですか?」

ロビーのカフェは夜の部に入ってバーに変わったらしい。『黒い瞳のナタリー』の曲が流れている。

「取締役生産財担当副社長と取締役消費財担当副社長、マーケティング担当役員、技術担当役員、支店統括担当役員の五つの役職を廃止する。前に君が言ったようにポストをなくせば解雇はできる。

昨年おれがここに来る前に実施された社内監査の報告書を丹念に読んだら、社有車の台数が台帳と実数が合わないとか、訓練用として買ったテレビや設備がなくなっている、交際費の公私混同等々、彼らにはいろいろと疑念がある。

また彼らの年俸は日本円に換算すれば一千万円以上と、この国では破格の待遇だ。一人首にすることで一般従業員の十数人分ぐらいの人件費削減効果がある」

「なるほど、まさにトカゲのしっぽ切りならぬ頭切りですね。その頭切りは誰に担当させますか、アンドルーですか? トカゲの頭が仲間トカゲの頭を切り落とす訳ですか」

秋山は身を乗り出して聞いた。

「いや、これはおれ自身がやる」
きっぱりと言った。

「それは危険ではないですか。ローカルスタッフの誰かにやらせるべきでしょう。あるいは外部に委託してやらせる手もあります」

「いろいろと疑惑があるとはいえ、今まで会社を支えてきた幹部に辞めてもらう訳だ。顧客を持っていかれたり対抗他社への転職、場合によっては会社に対する嫌がらせや流言、個人攻撃など相応のリスクがある。それを覚悟の上で、誠意をもって実行しなければならない。この汚れ仕事は社長である私の役割だ」

高倉は覚悟を決めたような顔をした。

そして二人は、チェックインの客がぞくぞくと入ってきたプラザホテルのロビーを後にした。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。