宗像がロビーで余韻に浸っていると、先ほどのコンシェルジェが再び近づいて言葉をかけた。

「絵はいかがでしたか? ラファエル前派の絵が多かったでしょう!」

「歴史的にポルトガルとの関係が強いイギリスを考えて、ラファエル前派を中心に据えたのでしょうかね? 人間の、つまり言い換えれば男と女のシンボリズムにスポットを当てるとは、なかなか個性的な展示コンセプトです。さすがに噂に違わぬ良い美術館ですね。東京に帰ったら皆に宣伝しておきますよ」

そう答えると、すかさずコンシェルジェが眉根を寄せながら口を挟んだ。

「お褒めいただいて本当にありがとうございます。しかし、まことに残念ながら……」

「残念ながら?」

「はい、十年前にこのホテルと美術館の所有者が変わりましてね。前オーナーであるロイドさんが手放しまして、現在のセテンタ・グループの所有になったのですが……」

「いま何ておっしゃいましたか?」
宗像は思わず声を張り上げてしまった。

「このホテルの創設は今から七十年前といわれております。しかし四十年前のことですが、ロンドンのロイドグループがこのホテル・プリメイロを買い取り、同時に美術館を増築して、多くの美術品を飾るようになったと言われております。現在のオーナーも芸術に彩られたこのホテルが世界中の多くの顧客に評価され、その結果、皆様にお泊り頂いていることはよく承知されております。ですからプリメイロ・ホテルは芸術作品と一心同体であることがセールス・ポイントだとして、当時は一緒に買い取ったのですが……」

こう言いながらコンシェルジェはあたりを見回し、ちょっと声をひそめて囁いた。

「新しくオーナーになったセテンタ・グループは、最近、別の大きい事業に失敗したために全ての美術品を手放すことにしたと噂されております。何でも、近いうちにロンドンのソロモンとかいうところで競売にかけられるとか? でも、このホテル・プリメイロも隣のカジノ・エストリルも権利は手放しません。美術品だけ処分するそうです。私にはこれらの絵がどれほどの価値のものかは分かりませんが」

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。