それ以上でも、それ以下でもない。幸福も不運も表裏一体だ。光があれば影もある。

風向きが変われば、いい波が来て、きっといい事がある。あとは波に乗るだけだ。うまくいかない時こそ、心静かに微笑んでいなければ……。

自分に見えるものだけで今があるのではないから、見えない何かもあるから、原因のわからない穴ぼこの中に落ちてしまう時もある。その穴ぼこの底から「何故なんだ!」と上をにらんで叫んでなじったところで、穴から出られるわけではない。

自分が気づかなかっただけで、確かに穴があったから落ちたのだ。「どうして気づかなかったのか?」と嘆いてもはじまらない。もう、穴に落ちているのだから。

ならば、余計な雑念は捨て去って、とにかく穴から出る事だけを考えなければ……。チャンスは? 方法は? どうすればいいのか? その事だけを考える。

思いっきり飛び上がって、脱出をはかる為に、しばらく体力が戻るまで充電も必要だ。あとは時を待って、アクションを起こす。

そう、私にその時がめぐってきて、私はやっとジャンプして穴から出たのだ。そこに、こんなに悲しい知らせが来たなんて、運命の皮肉だった。

窓の外の景色を見ながら、私は神矢を想った。あんなに人を愛した事はなかった……。一度も! その神矢が亡くなった……。

私は足元に大事に置いた包みの中を想い、不意に涙が溢れてきた。ハンカチを出し、ぬぐってもぬぐっても涙がでた。隣りのビジネスマンが知らぬふりをしてくれているのが、ありがたかった。

神矢を忘れた事などなかった。彼はいつも私のそばにいた。苦しい時、悲しい時、うれしい時……。

私はいつも心の中で彼に語りかけた。私達に別れなどなかった。見上げれば、同じ空の下、ニューヨークで生きている彼を感じ、どんな時も孤独ではなかった。

そう、彼が生きているから、私も歯を食いしばって生きてきたのだ。私は目をとじ、静かに、ゆっくり夢の続きを回想しはじめた。

※本記事は、2019年6月刊行の書籍『愛』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。