クリニックは、ウォーミングアップ方法の指導から始まった。

今回、香港に帯同したトレーナーによって、肩甲骨と股関節に重点を置いたトレーニングを指導されると、香港選手は日本選手たちのトレーニングの様子を見よう見真似で繰り返す。

初めはぎこちなかった選手たちも、次第に要領を覚え始め、やがて晴天のグラウンド内は、日本語と広東(かんとん)語の嬌声(きょうせい)が入り混じるにぎやかなものとなった。私も負けじと大声を出す。

「声を出そうね、声を! 声を出せばボールに集中できるようになるから!」

続いて、ストレッチ、そしてキャッチボールとトスバッティング、全員が守備位置についてのシートノックと練習は進んでいった。

日本人選手が初めに手本を見せ、それを香港の選手たちが真似をしていく。そして、気づいた点があれば、通訳を介して注意点やポイントを指導していく。その繰り返しでクリニックは進んでいった。

香港の選手たちは、明らかにぎこちない動きの初心者がいる一方で、きびきびとした動きでセンスのよさを感じさせる選手も何人かいた。練習を見つめていた私が、

「あの子はいいですね」

と口を開いた。

その視線の先には、手首のスナップを利かせた心地いいボールを投げる選手の姿があった。うまい選手はユニフォームの着こなしもいいとはよくいわれることだが、その少女もまたユニフォーム姿が実に似合っていた。

少女の名前を通訳に尋ねると「チン」という名だということがわかった。

「うーん、チンちゃん、いいですね!」

私は表情が思わず緩んだ。

「ああいう子はまだまだ絶対に伸びますよ。教えれば必ずうまくなる。楽しみだね」

その少女は、続いて行われた練習試合でもマウンドに上がり、日本打線に打たれはしたものの、柔らかく、きれいなフォームで小気味のいいピッチングを続けた。

試合結果は日本チームが何点を挙げたのかもわからないほどの得点を記録し、香港チームは野口霞投手の前に沈黙させられていたけれど、香港のチン投手の姿は、見る者に対して強い印象を残した。

実はこのチンは、2006(平成18)年に台湾で開催された第2回ワールドカップに、14歳ながら香港代表選手として出場した経験を誇る香港の有望選手だった。

日本が43対0と圧勝した試合にも香港の二番手投手として登板し、8失点を喫している。身長155センチの小柄な体格ながら、酷暑の台湾で黙々と投げ続けるその姿を記憶にとどめている関係者も多い。

これだけの素質を持ったチンだったが、2008(平成20)年に開催された第3回ワールドカップには参加していない。理由を聞けば、

「高校受験のため、親が野球をやってはダメといったから」

だという。

香港に在住し、今回のクリニックでも通訳役を務めつつ、グラウンド外でも献身的に活動を続けた三好が残念そうにいう。

「元々、香港はスポーツが盛んじゃないんです。香港人は功利的というのか実利的というのかスポーツをして何の得になる? と考えている人が多いようです。だから、満足なグラウンドもあまりないし、野球人気もあまりありません。まして、女子が野球をすることには、日本人以上に抵抗があるんじゃないでしょうか」

日本では、2010年から、関西地方を中心にして女子プロ野球リーグが発足したとはいえ、ソフトボールなどと比べると女子野球はいまだ裾野の広い競技だとはいえない。

花咲徳栄高校をはじめとする「女子硬式野球部」を持つ高校は全国で6校しかなく、大学は、平成国際大学を含めてわずか3校しかない。

全国の女子球児たちにとって、決して恵まれた環境ではない。中学時代に男子球児たちに交じってレギュラーを務めていた選手でさえ、中学を卒業する頃には、野球を断念するのがほとんどのケースだ。

その理由はさまざまだ。

思春期の始まりとともに、「男子の中で女子が野球をすること」の難しさが表に出てくることも大きな原因だ。男子から仲間外れにされたり、いじめや、からかいに悩む女子球児は多い。

また、男女の体格差、体力差が大きくなってくるのも、この時期のことだ。

男子の中で野球を続けることの難しさに直面した女子選手たち。

それでも、

「野球を続けたい」

と考えたとしよう。

※本記事は、2017年2月刊行の書籍『女子硬式野球物語 サクラ咲ク1』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。