二人はよく似ているし、同じ衣裳を身につけている。これでは双子の姉妹といってもおかしくはない。まだ幼子とはいえ、二人にはアンナ似の美しさが漂っている。

だが奇妙ではないか? 画集の末尾に記された略歴には、一九六三年、娘ユーラが生まれるとしか書かれていなかった。子供は一人のはずだ。

おまけに、『必要に応じてこの写真もお使いください』とは、いったいどのような意味なのだろうか? だが、どう考えても奇妙なのは、何の目的でコジモはこの写真を自分に手渡したのか?

いや、渡したのではないのだろう。真実は絵葉書に紛れて秘めた写真を間違って手渡してしまったのだ。コジモは別れ際に確かこう言っていた?

『いやなに、たいしたものではございません。ホテルにでも帰ったら見てくださいな。それにしても、あんた、よほどフェラーラの絵に惚れ込まれたようですな? 何かあれば遠慮なくご連絡ください。先ほどの名刺のところにおりますから』

フェラーラが画商コジモ・エステに家族写真を渡すとは、二人はかなり親しい関係だったようだ。嘘の代償にしては何ともおかし過ぎる。事実はやはりコジモの大失策だろう。

ふと我に返ると、まだ心地と連絡が取れてないことに気がつき、ロンドンに電話を入れると、今度はすぐにつながった。心地はちょうど先ほど帰ってきたところだと言いながら、磯原の提案を聞くと、少なからず驚いた様子だった。

「なぜ磯原さんが俺を? 俺は彼の仲間や弟子ではないぞ。磯原ファミリーには大評論家の大原智道を始め、日本美術界の蒼々たるお歴々がいるじゃないか。二、三日考えさせてくれないか?」

心地は一気にこう喋って電話を切った。磯原の提案が予想外の出来事だったと見え、ピリピリした様子が携帯から伝わってきた。そのためフェラーラの絵の件も、例の家族写真の件も一切話す余裕などなかった。