第一章　ある教授の死

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 沙也香のつぶやき声に、山科が反応した。

「なにかわからんことが書いてありますか」
そういって沙也香が手にしたノートを見た。

「これです。遣隋使の謎と書いてあるところです」
「どれどれ」といいながら山科も声に出してその文章を読んだが、不審そうな顔で聞いた。

「当たり前のことが書いてあるだけやないですか。これのどこがわからんのですか」

「遣隋使のことが『日本書紀』に書いてないと書かれていますが、遣隋使のことって、『日本書紀』に書いてないんでしたっけ」

「はあ？　なにをいうてまんねん」山科は不思議そうな顔で沙也香の顔を見ていたが「あんた、まさか『隋書（ずいしょ）』を読んでへん、いうんやないやろな」と詰問するように聞いた。

「ズイショって、なんですか」

「ズイショってなんですか？　はあ？　あんた、『隋書』を知らへんの？　まさか『日本書紀』も読んでない、とはいわへんやろな」

「いいえ、まだ読んでいません。『古事記』なら、ざっと読んだことはありますけど」

「ええっ？　なんちゅうこっちゃ！　話にならへんで。こんな人に高槻君の研究のことを話したかて、わかるわけないやろ。高槻君もどないかしとったんと違いますか」あきれたようにいうと、恵美子夫人を一瞥して「アホくそうてどないしようもないわ！　こんなことにつきおうとる暇はありませんので、わたしは帰らせてもらいますわ」

吐き捨てるようにいうと、さっさと早足で玄関に向かい、そのまま帰ってしまった。

「大鳥さん、すみませんでした。わたしが前もって事情をよく説明しておかなかったのがいけなかったようです」
夫人が沙也香に謝ると、磯部がいった。

「いや、誰が悪いのでもありませんよ。山科教授は、帰る理由を探していただけですから。『隋書』はもちろん、『日本書紀』などの専門的な文献を読んでいる素人さんなんかいるわけないじゃありませんか。もしいたとしたら、それは素人じゃなくて研究者ですよ」

磯部は山科の態度に憤慨しているようだ。しかし沙也香は冷静な口調でいった。