「二つのリトレッド工場と七つの販売店の内の五店は土地建物共にマキシマ社所有のものだ。これらを売却するとすれば現時点でいくらぐらいと見込めるのか?」
「はい、直近の見積もりでは少なくとも三十億ジンバブエ・ドルにはなると見込んでいます」と、トニーが答えた。
「そうか、三十万米ドルくらいだな、わかった」

そう言いながら、ジンバブエ側代表十人の顔を一人一人見つめた。そして、

「皆さんにはジンバブエ支社の閉鎖ということになって本当に残念に思う。しかし諸般の状況から見て、これは遅れるほどに、会社もろとも皆さんが泥沼に落ち込んでいくのは目に見えている。だから今のうちに実行しなければならない。

皆さんとしては承服しがたいのはよくわかるが、どうか現在の市場の惨憺たる状況をご理解頂き、ご協力をお願いしたい。ついては今お聞きの通り、銀行預金があるし、資産の売却による収入が見込める。このお金はすべてあなたたち従業員に還元したい。

もちろん退職金は規程に応じて支払うが、それ以外にこの預金と資産売却収入から必要な税金と経費を差し引いた残りを全従業員に公平に分配したい。これでどうだろうか?」

高倉は心を込めて提案した。このあたりの運用は、事前に事業閉鎖も含めて七洋商事東京本店の了解は得ている。

ジンバブエ側十人は支社長を囲んで何やら相談をしていたが、「我々は少し席を外させて頂きます」と支社長が言って、全員外へ出てしまった。そして十数分後に彼らが戻って来た時は、何と人数が二十人に増えていた。

増えた十人の従業員たちは近くで待機していたらしい。今度は数の力で抗議するつもりなのか? 高倉は身構えた。支社長が口を開いた。

「我々で話し合った結果、親会社であるマキシマ社のタカクラ社長の提案を受け入れて、ジンバブエ支社の閉鎖を認めることとしました」とシンプルに結論を述べた。高倉は胸が一杯になった。

「皆さん、ご理解を頂きありがとう。そうと決まったら、出来るだけ早く会社の整理が出来るように皆さんのご協力をお願いしたい。尚、分配金の配分方法については、くれぐれも不公平のないようにトニーと支社長とあなたたちで協議して決めて欲しい」と締めて、一人一人と握手をした。

ジンバブエのハイパー・インフレはその後二〇〇七年には年率七六〇〇%と目茶苦茶な数字となった。レストランに入って料理のオーダーをする時に、ウエイターは、「お客さん、支払いは今されますか、それとも食後にされますか?」と聞くという笑い話が出るほどになった。

また為替も、一米ドルが五万ジンバブエ・ドルだったのが、二十五万ジンバブエ・ドルという途方もない下落となった。この数字を知った時に、高倉はジンバブエからの撤退は間違っていなかったと確信した。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。