長身の杉井を見上げながら笑顔で話す佐知子に対して、杉井は小学校の時おてんばだった佐知子が最近日に日に女らしさを増していくのを感じていた。

「先週徴兵検査があってね。砲兵になったよ」
「ふぅ〜ん。謙ちゃんもいよいよ兵隊さんなんだ。嬉しい?」

「実感が全然湧かないけど、特に嬉しいとも思わないね。一緒に合格した連中の中でも岩井のように素直に喜んでいる奴もいれば、片桐のように年がくれば誰でもなるんだとさめたことを言う奴もいるし。家でも親父はすごく嬉しそうだったけど、おふくろはそうでもなさそうでね」

「でもお国のために尽くす人になったってことは、それはそれで良いことよ。それに謙ちゃんはきっと良い兵隊さんになると思うな」

「どういうこと?」

「だって謙ちゃんは、学校の勉強でも剣道の練習でも、自分がやらなくちゃいけないことを何でも一所懸命やるじゃない。兵隊さんになっても、きっと兵隊さんとして頑張るでしょ。そう思わない?」

こういう形でいつも自分のことを前向きに評価してくれる佐知子の言葉は、杉井には嬉しいものだった。

「軍隊にはいつ行くの?」「入営はいつか分からないけど、年末くらいかなあ」
「そう。楽しみね」

佐知子は無邪気なものだった。無邪気過ぎて杉井は物足りなさを覚えた。杉井の心の中に、佐知子が少しでも淋しそうな顔をしてくれることに対する期待があったのは否めないところだった。杉井は既に佐知子に対して単なる幼なじみ以上の感情を抱いていることを自覚していた。

佐知子の方はと言えば、いつも杉井と楽しそうに話はするものの、それが幼い頃からの仲良しの会話の延長線から逸脱する部分はないように杉井は感じてきた。

入営することのメリットとディメリットがあるとすれば、佐知子と会えなくなることは明白なディメリットであり、一方で佐知子に入営の事実を告げることによって佐知子の淋しそうな表情を見ることができれば、それはささやかなメリットたり得るはずだったが、残念ながらその表情はそこには存在しなかった。

いつもどおり、
「じゃあ、またね」
と言い残して、杉井は佐知子の家の門前を去った。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。