「脅迫状に、警察のことを書かなかったのは、捕まらない自信があるからさ。あんた、五百万円がちんけな身代金だって言ったけど、それは違うね。絶対、何か深い意味が隠されてるよ。この事件の犯人は、一筋縄でいく相手じゃない」

何が楽しいのか、くっくっくと老女将が笑う。
勝木課長は、鼻をふくらまして、タミ子を睨みつけた。やがて、眉間に皺を寄せると、フンっとハナ息を吐き出した。

「なあに、身代金の受け渡しで、捕まえたるわい」
捨て台詞を残すと、サッと振り返り、大股に歩き去って行く。

待機している警官と鑑識官たちに歩み寄り、テキパキ指示を出した。さっさと撤収させていく。さすが、見事な手際だ。数人の警官だけを残し、パトカーが走り去って行く。

第一発見者の三人組も、いったん酒蔵に帰ることになった。

「ヨーコさんたちは、誰か呼んで送らせましょう」

「僕が、送ってきます!」
秀造の言葉に、富井田課長が、手を上げた。
「田んぼが心配で来たけど、ここにいても、お手伝いできることは無さそうだし」

「トミータさん、助かります。そしたら、お願いできますか」
「お安いごようです」

富井田課長は、さっと車に戻ると、農道上で器用に転回させた。葉子たち三人を乗せ、猛スピードで走り去って行く。後には、砂塵が舞っていた。

車を見送った高橋警部補が、秀造に尋ねた。

「烏丸さん。可能なら現金五百万円、準備しておいてもらえますか?」
こういうときの口調は、極めて事務的だ。
「勝木課長の言う通り、受け渡しでの犯人との接触が、チャンスなんです」

「わかりました。後ほど、準備して来ます」

高橋警部補が、堅苦しく頭を下げる。

「一つ、聞きたいことがある」
玲子の問いに、振り向いた秀造。小首を、傾げた。

「本当に、この雑草が生えた田んぼが、三億円の田んぼなのか?」

秀造の表情が強ばり、パチパチと瞬きをした。そして、恥ずかしそうに苦笑いすると、首を左右に振った。

遠く低く、響く雷鳴が、微かに空気を震わしている。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。