高倉がそう言うと、「私は行きたくありません。従業員たちは怒り狂っていますから、何をされるかわかりません。ましてや社長が行かれるとなると、彼らの怒りは増幅されます。危険です、やめた方がいいでしょう」

トニーは逡巡した。その言いように秋山もアンドルーも同調し、「やめるべきですよ」と、口をそろえて言った。

しかし、「自分たちの会社なのに危険だから行かない、というのでは社長は務まらない。彼らは多分自分たちの国がどういう状況になっているのかを知らされていないと思う。我々が勝手に撤退しようとしていると思っているのだろう。だから私の口から状況をよくよく説明し、説得したい」

高倉はきっぱりと言った。秋山は彼の一本気な性格をよく知っているので、それ以上止めることはせず、同行しようとした。

「わかりました、社長。私も現場へついて行きます」
「いや、君は来なくていい。トニーと二人で行く」

そう言って、トニーの方を向いて、再度うながした。

「トニー、一緒に来てくれ」
「いや、危ないです。無理です」と、下を向いた。

すると高倉の雷が落ちた。

「相手は敵ではなく我々の仲間ではないか。担当責任者の君がそのような気持ちでは困る。まとまる話もまとまらんぞ。とに角一緒に来い」

そう強く言って、アンネマリーに出張の手はずを整えるように指示した。そして再びトニーに命じた。

「ジンバブエ支社長と相談して、現地での説明会開催の準備をしなさい」

ジンバブエ事業閉鎖の説明会は、ハラレのホテルで実施された。南アフリカのマキシマ本社側は高倉と事業閉鎖担当責任者のトニー・コッペルでジンバブエ側は支社長と販売店の店長七人、工場長二人の計十人であった。

この内支社長だけが白人で、他のマネージャーたちは全員黒人である。マネージャーは白人しかいない南アフリカのマキシマ社とはずいぶん異なる。

高倉は全従業員を集めても良いと思っていたが、コストがかかりすぎるのと収拾がつかなくなることを恐れて、むしろジンバブエ側が十人を従業員代表とすることで調整したらしい。これを知って、ここの従業員たちはまともだ、話せばわかるのではないか、と彼は少し希望を持った。

本社側を代表してトニーが、ジンバブエ市場の現状、特にハイパー・インフレやジンバブエ・ドルの下落、国の外貨不足等のことから事業継続は困難である旨を説明した。そして今なら何とか全従業員に、ある程度の退職金が払えるが、いよいよ危なくなってからでは遅い、と説明した。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。