南アフリカに戻ると、高倉は直ちに臨時役員会を招集した。会議室のピンと張った空気を突き破るように、彼は口を開いた。

「ジンバブエのハイパーインフレや外貨不足は救いようがない状況になっているし、この状況は改善される見込みが今の所ない。しかも利益を出しても外貨がないので、現地の銀行に預金しておくしか手はない。その間に価値がどんどん下がる。こんな状態では現地でビジネスを展開する意味がない」と、ジンバブエからの撤退を提案した。

対して役員の中には、「ジンバブエはサブサハラのハブとして有望で、トラック用タイヤ販売が大幅に伸びる可能性がある。今少し辛抱すべきだ」との声も結構あった。しかし、現地の経済状態が良くなるまで待っている余裕は、今のマキシマ社にはない。

撤退は役員の大半が理解したというより、高倉がある程度強引にその方向に持っていって、承認を取りつけた。撤退決定を受けて、高倉は間髪を入れず撤退の方法を説明し、担当責任者を指名した。

「現地にある七か所の販売店と二か所のリトレッド工場は売却する。その金を撤退資金に充てる。このプロジェクトの責任者に経理部のマネージャーであるトニー・コッペルを指名する」

それは問答無用という勢いであった。周辺国担当マネージャーのシェーン・ネッスルにやらせるのが本筋だが、とても任せられないとの判断である。

トニー・コッペルはユダヤ人だ。四十五歳で実務能力があるし公認会計士の資格も持っている。ユダヤ人だからという訳ではないが、上昇志向がとても強い男と聞いている。もちろんアンドルーや他の意見も聞いた上での白羽の矢である。

トニーに当該プロジェクトを本気でやらせるために、成功すればしかるべきポジションへの昇進というニンジンをほのめかした。彼はプロジェクトに集中し、しばしばジンバブエに出張していたが、ある時高倉の執務室に飛び込んで来た。秋山とアンドルーも直ちにかけつけた。

「ジョージ、大変なことが起こりました。ジンバブエ・マキシマ社の従業員たちが閉鎖に反対してストライキを起こしました」と、トニーは深刻な表情で報告した。

「トニー、どうも従業員は国の状態がわかってない感じがする。私がすぐに現地へ行って従業員に直接説明をしたい。一緒に行ってくれるか?」