衝撃を受けた記事

二〇一五年秋、私はある新聞記事を読んで衝撃を受けた。それは待機児童の問題についての記事だった。保育所不足のために多くの家庭が困っているのは知っていたが、私はそれほど切実な問題とは考えていなかった。

その記事は、問題の深刻さと問題への私の不勉強さを認識させたのだ。子を持つ親はなんとか保育所に子どもを預けられるように、必死で保育所の情報をかき集め、役所や保育所を駆けずり回り、血の滲むような努力をする。

それでもその努力は報われるとは限らない。保育所への圧倒的な入所希望数に対して、受け入れ側の保育所の数が全く足らないのだ。その結果、多くの親は、仕事を失い、女性としての職場でのキャリアを諦め、ローンの支払いに苦しみ、人によってはローンが払えず、住宅を手放すこともある。もっとひどいのは、最初から出産をあきらめてしまうことだ。

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保活:失敗すると職を失う「保育園探し」の一寸先は闇

毎日新聞 二〇一五年九月二五日

(前略)

4月以外は入園困難なので「計画的に妊娠」

待機児童の多い地域の認可保育園は、4月入園の申込時に定員が埋まり、1年を通してほぼ空きはでません。4月入園時が勝負です。4月入園の場合、前年11~12月ごろに1次募集の申し込みと締め切りがあります。年が明けて1~2月ごろに結果が通知され、4月に晴れて入園。2次募集があるとはいえ、0歳児クラスの場合、1~3月の早生まれの子供はほぼ入園できません。だから、保育園入園に合わせて「妊娠は計画的に」とまで言われています。

競争率が高いので、滑り止めとして、片っ端から認証・認可外保育園をまわり、申込書を提出しておく必要があります。赤ちゃんを抱えて10カ所以上まわることはざら。認証・認可外には先着順のところも多く、「現在100人待ちです」と告げられると心が折れます。

フルタイム共働きでも入園できず、「保活離婚」する親も

認可保育園に入園できるかどうかは、「保育に欠ける」要素を競う点数制で決まります。この基準は地方自治体ごとに違います。待機児童数が全国最多の東京都世田谷区の例(2016年度4月入園)です。

まず「保護者の状況」で基準点がつきます。親1人につき「週5日以上勤務し、かつ週40時間以上の就労が常態であること」で50点。週37時間なら45点と、労働時間が減るごとに点数は下がります。

この減点は命取り。パートタイム労働は待遇だけでなく保活でも悪条件です。さらに、28項目ある調整基準に基づいて加点されます。親1人につき「就労実績が1年以上の場合」はプラス2点、「産休明け、育休明け予定の場合」はプラス5点。フルタイム共働きで育休明け、というよくあるパターンで計109点です。

しかし、前年度入園が許可された人の点数を見ると、0歳児の場合は約6割、1歳児の場合は約8割が110点以上でした。何かで加点できなければ、フルタイム共働きの109点でも不合格の可能性があるのです。そこで母親たちは策を練ります。まるでお受験です。

ひとり親世帯は「プラス20点」のシビアな闘い

第1子の場合は、「兄弟姉妹が在園中」のプラス5点はもらえません。「認可外保育施設に有償で預けている」のプラス6点(1歳児以上の場合)や、「ひとり親世帯」のプラス20点なら、なんとかなるかもしれません。育休を早めに切り上げて認可外保育施設に預けたり、一時的に「保活のための離婚」をしたり、さらに待機児童の少ない地域に引っ越したりするのです。

申込書にお願いの手紙をつけたり、保育園の職員と仲良くなったりすれば選考に有利、という真偽不明のうわさも口コミやネット上で飛び交います。競争が激しいなか、合格点数に届かなければ落選です。

ここで大きな問題に直面します。法律で保障された育児休業は最長1年6カ月。激戦と言われる1歳児クラスの4月入園に落ちたら、翌年の4月入園時までの最低1年間、チャンスはなかなかめぐってきません。会社が1年6カ月の育休期間の延長を認めない限り、職場に復帰できない可能性が高まるのです。

働き続けるつもりだったのに、待望の出産によって不幸にも職を失うとは、何という皮肉でしょうか。これが、女性活躍推進の裏に潜む、待機児童問題の現実です。

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働いている母親が、仕事を継続しながらなんとか子どもを保育所に入れるために、必死で情報を集め、計画出産や引っ越し、偽装離婚さえもはばからない夫婦の血の滲むような努力や、あげくに仕事を失う場面に、驚きを超えて衝撃を受けた。もちろん、記事は二〇一五年の記事なので、現時点では環境も異なる可能性もあるが、待機児童の問題が解決されていないことには変わりない。

日本は高齢化が進み、一方で少子化から抜け出せないでいる。したがって労働人口も減り、そのために介護などは海外からの労働を活用しようという状況である。女性の労働力は貴重な戦力なのである。

また家庭の視点からしても、非正規雇用が増え、男性の収入が頭打ちで、リストラの可能性など将来への不安があり、女性が働かざるを得ない環境にある。また離婚の増加で、ひとり親家庭が増加し、女性(または男性)が子どもを預けて働かざるを得ない。このような切羽詰まった状況で、待機児童の問題は深刻な問題なのである。

※本記事は、2018年8月刊行の書籍『じーじ、65歳で保育士になったよ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。