第1章 医療

戻り道

Y・Kさんが問題集に取り組んでいます。前文と後文をつなげる問題です。

「星が光る」。なるほど、いいよ。「銀行をあげた」。あれー、何だかおかしいな。「音楽を行った」。うーん。これも何だかピンと来ない。

おや? 隣のベッドのT・Kさんも勉強されている。こちらは漢字の書き取りです。「さん」が「ちゃん」であり、問題集を持って来たのがお二人のお母さんなら微笑ましくこそあれ珍しい光景ではありません。でもここは小学校の教室ではありません。問題集を持参し、お二人に勉強するように指示された方達はそれぞれの方の娘さんです。

お二人ばかりでなく最近病室でこんな光景をしばしば目にします。Y・Kさん91歳、T・Kさん86歳。住み慣れた環境と異なり入院は非日常的な特殊環境です。突然そのような環境におかれた時、普通に生活されていた方でも夜間不穏になられて騒いだり、ベッドから転落したり異常を示すことが多い。

ただ入院直後の異常行動の場合は、急変した環境の変化に適応しきれていないだけだ、と化石医師は考えております。

家で畳に敷いた布団から転落することはありません。のどが渇いて水が飲みたいと思えば我が家ではすぐに飲みに行けます。あるいは呼べば誰かが来てくれる。家ではトイレまでの距離もそれ程遠くはありません。

寝ぼけたまま普段と同じように歩いて行ったらそこは隣の病室だったということもあるのです。しかし毎日ベッドの上で天井だけ眺めて過ごす生活は知的環境としてはやはり好ましくありません。そのため少しでも脳に刺激を与えたいと思うのでしょう。