沙也香は反論したくなるのをぐっとこらえた。一言いえば、十ぐらいしっぺ返しをされそうだ。ここで学者と議論しても勝ち目がないのはわかりきっている。ただ山科の言葉や態度ではっきりしたことは、彼女は招かれざる客だということだった。

「まあそういわれずに、大鳥さんの立場も考えてあげてくださいな。主人が無理にお願いしたので、大鳥さんもやむを得ず来られているのですから」夫人が取りなすようにいった。

「ともかく、まず主人の書斎にご案内しましょうか。そちらに資料類などは取りそろえてありますので」

恵美子夫人が立ち上がって先頭に立って歩きはじめた。ほかの四人もぞろぞろとあとをついて歩く。書斎のドアを開けて中に入ると、書籍類が山のように積んであった。足の踏み場もないようなありさまだ。

「こりゃあ、すごいことになってますなあ」山科教授が思わず声を上げた。「そやけど、たしかに研究室に置いてある資料をぜんぶ自宅に持って帰ったら、こうなりますわな」

そういいながら、山科は視線を沙也香に移した。「あんたは、これをぜんぶ読むつもりですか。何年かかると思うてます?」

沙也香はぼう然として本の山を見つめていた。相当な量の資料があるだろうとは予想していたが、まさかこれほどとは思わなかった。たしかに山科がいうように、これをぜんぶ読むとすれば、いったい何年かかることだろう。沙也香は絶望的な気分になった。

そのとき、後方から声がした。

「ぜんぶ読む必要はありませんよ。必ず読まなければならないものと、読んでおいたほうがいいもの、読む必要のないものというふうに、ぼくが分けておきますから」

声の主は磯部准教授だった。

「ありがとうございます!」沙也香は地獄で仏に会ったような思いで磯部の顔を見た。

「あなたが奥さんからどんなことを頼まれたのかを聞いていますので、これからされる仕事が効率よくできるように、分類しておきますよ」

「申し訳ありません。ありがとうございます。この本の山を見たときには、いったいどうすればいいかと思いましたもの」

沙也香は感極まったようにいって、頭を下げた。