「人民委員、こちらへ」

北京城飯店から出てきた中国側の警備責任者が、劉温来の肩を支えるように抱きかかえた。

「私は大丈夫だ」

劉温来は、正門の外で燃えている三人を見ながら答えた。

劉温来は、自分を炎の中から助け出してくれた「侍」を目で探した。

侍は自分のズボンに付いた炎を消すため、濡れた背広の上着を脱いで、ズボンの裾にたたきつけている。頭から白い煙があがり、水が全身から滴り落ちている。

侍は自分を見ている視線に気づき、劉温来と目が合うと、黙ったままうなずいた。
劉温来は侍に向けて右手を胸の前に挙げ、自分が無事であることを伝えた。

北京城飯店の建物に入ると、ロビーで日本政府代表団の佐々木勇が出迎えた。

日本政府代表団は、北京城飯店の建物から出てはならない決まりになっている。ここでは、庭に出ることも禁止されているため、建物の中で待つしかなかったのだ。

「劉人民委員。ご無事で何よりです」

佐々木は劉温来に駆け寄って言った。

劉温来はうなずきながら佐々木に尋ねた。
「あの男は、何という?」

佐々木が劉温来の指の先を見ると、侍が北京城飯店の建物に向かって歩いて来るところだった。背後から朝の陽ざしを浴び、かけられた水が水蒸気となって立ち昇っているため、水蒸気に陽ざしが反射して、まるで全身から光を発しているように見える。

左手に木刀を持った姿は、侍が刀を下げて歩いているかのようだ。

佐々木が答えた。
「日本側の警備で徳間といいます。元海軍の将校です」

劉温来は侍を見ながら言った。

「あの男に助けられた。まるで侍だ」