人種差別撤廃は、スタートラインに過ぎない――。
黒人の地位向上に腐心する2000年代の南アフリカ。人材の多様化と成長への隘路に挑む、ある商社員の物語。総合商社に勤める高倉は、子会社であるマキシマ社の再建を担い、社長として南アフリカに赴任する。人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から十年。そこで目の当たりにしたのは、格差と人種差別のない理想の社会の実現には程遠い現実。業績回復途上の会社に突きつけられる政府からの命題。それは、私企業に黒人の資本参加や管理職登用などを事実上義務付けるものであった。
2019年ラグビーW杯優勝国・南アフリカの葛藤から世界のリアルを描く、社会派ビジネス小説を連載にてお届けします。
六
息子夫婦とのつかの間の再会の半月後、高倉はジンバブエの首都ハラレにあるリッキーの父親の家を訪問した。
郊外の緑の多い閑静な、いかにも高級住宅街という地域の一角にクバネ氏の家はあった。
独立前は英国人が多く住んでいたことを容易に想像させるたたずまいである。
リッキーから話を聞いていたようで、クバネ氏は高倉を快く受け入れ、大きな屋敷の一室に通した。彼はそこをオフィスとして使っているそうだ。
自己紹介をすると、それもリッキーから聞いていたらしく、クバネ氏はいかにも知っているという顔で「うんうん」と頷いている。
年齢は六十過ぎだろうか、縮れた髪には白いものが混じっているが目は鋭く光っていた。
型通りの挨拶と子どもたちの話題のあと、最も関心のあるジンバブエの経済状況に切り込んだ。
同席していたリッキーの母親は、気を使ったように席を外した。
「クバネさん、私が経営している南アフリカのマキシマ社は、このジンバブエにも進出しています。そこでお聞きしたいのですが、この国の政治、経済の現状と将来展望はどうなのでしょうか?」
クバネ氏は少し考えてから、
「白人を排除し、我々黒人の代表であるムガベ大統領の強いリーダーシップのもとで、政治も経済も大変うまくいっています」
と、わざとらしく胸を反らせて答えた。
彼があえて堂々とした仕草を見せたことに、高倉は不自然さを感じた。
「クバネさん、しかし数字を見ると、インフレ率は数百%になっており、ジンバブエ・ドルも米ドル対比で大幅に下落しています。これで順調といえるのですか。正直にいって頂ければありがたいのですがハイパー・インフレは収まると見ておられるのでしょうか?」
息子の友人の父親という気安さも手伝って、少し強い口調となった。
「タカクラサン、それは一時的なものです。つまり産みの苦しみといいましょうか」
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。