第一章 新兵

徴兵

杉井は片桐のような感じ方をする人間も中にはいるだろうと思っていたし、片桐が時々見せる非常にさめた態度を思い出すと、むしろ片桐らしい意見だとも思った。片桐の発言に岩井は直ちに反応した。

「今日本にとって一番大切なことは、一人一人がお国のためにと思う気持ちだ。俺は片桐は間違っていると思う。天皇陛下も本当に国民のことを良く考えておられるし」

「おいおい。人を非国民みたいに言うな。俺だってお国のために頑張るさ。でもな、岩井。お前も去年の田上部隊の出陣を覚えているだろう。勇ましく出て行ったが、二ヶ月もしたら何人もが英霊となって帰ってきた。それぞれがお国のためにと必死の気持ちで出かけて行ったと思う。

しかしなあ。中国軍の抵抗もすごかったのだろうが、上海に満足に上陸もできずに命を落としたとあっては、客観的に見れば犬死にだ。あれを名誉の戦死と呼んでもらって喜ぶ家族がどこにいるんだ」

片桐はさすがに言い過ぎだと杉井は思った。反論しようとする岩井を遮って、片桐は言った。

「なあ、杉井。お前はどう思う」

徴兵検査の合格には何の喜びも感じなかった一方で、片桐のように現状に対する明確な問題意識も特に有していない杉井は、あまり意見を求められたくなかったが、

「俺はどうすれば自分の人生を美しく送れるかということを考えている。そういう意味では、若き命を国に捧げるというのは、いたずらに何もせずに生き永らえるよりも、人生としては好ましいように思う」

と、取り敢えず、すれ違いの答弁をした。それを聞いた岩井は嬉しそうに、

「杉井もそう思うよな。やっぱり、この時代、お国のためにという気持ちがあって、本当に生きがいが感じられるんだ」

と、杉井の肩をたたいた。片桐が言った。

「杉井の言っているのは白虎隊の死が何故美しいかというのと同じだ。軍隊のためにとか、お国のためにとかいう話とは次元の違う問題さ。杉井の表情を見たって、軍隊に入ることに何の喜びも感じていないようじゃないか」

それまでずっと黙っていた高崎がポツリと言った。

「誰も皆、お国のために尽くさなくてはいけないのはそのとおりだと思うし、自分が軍隊に入ることについて俺自身は何も感じないけど、おふくろはあまり喜ばないような気がするなあ」