一方、もの忘れは人にとって必要なことでもあるのです。ギリシャにはいろいろな神がいますが、その中に「もの忘れの神様」がいます。日本には「もの覚えの神様」菅原道真公が北野神社や太宰府天満宮に祀られていますが、残念ながら「もの忘れの神様」を祀った神社は聞いたことがありません。

「ものを忘れること」は、精神の健康には良いのです。いつまでも失敗や憤慨の感情を引きずっているとあまり良くありません。

ちなみに、これらの失敗や失恋があったこと、少し前に外出したことや昼食をとったという体験は覚えていることを「エピソード記憶」(episodicmemory)と呼んでいます。ところが、これらがあったことを全く覚えていないのは、エピソード記憶の喪失といって認知症の特徴の1つです。

見たり、聞いたりした事柄は情報として脳の前帯状回や前頭前野、大脳辺縁系などで処理され、貯えられます。その貯まった記憶を呼び起こして、人は適切な行動や発言をします。

この記憶のことを「ワーキングメモリー(作動記憶、作業記憶)」(working memory)と呼んでいます。その記憶を介して、料理をしたり、自転車に乗ったりするなど、道具を使う行為が可能になります。

エピソード記憶と作業記憶のいずれが失われても、医学的にも社会的にも「もの忘れ」といいます。

ここまで読まれた方は、加齢によるもの忘れと認知症によるもの忘れとどう違うのか分からなくなったと思われるかもしれません。

そこで、別の説明を試みます。歳をとると誰でも多少のもの忘れがおきます。人の名前が出てこない、つい約束を忘れるなどが例です。これらは記憶のごく一部分を忘れるもので、本人も後になって思い出したり、もの忘れを自覚したりしており、特に生活上も支障がなく、進行がないようなら心配はいりません。

一方、認知症のもの忘れは記憶全体が抜け落ちてしまうもので、本人は思い出せないし、もの忘れの自覚もなく、仕事や家庭生活にも支障が出てきますし、進行もみられます。

さらに重要な点は、もの忘れ以外にも、今の時間や場所が分からない、物事を計画し、順序だてることが難しい、お金や薬の管理ができない、2つ以上のことが重なるとうまく処理できないといった様々な認知機能の障害を伴っていることです。

※本記事は、2018年5月刊行の書籍『改訂版 認知症に負けないために知っておきたい、予防と治療法』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。