前年末に造血幹細胞移植の生着が確認されましたが、年始になってもGVHD反応や免疫抑制剤の使用による感染症の危険性、白血病の再発などの兆候がないかなどの検査の日々が続きました。

大晦日には、吐き気もだいぶ弱くなったので、「年越し蕎麦」をいただきました。スーパーで売っていたお蕎麦を木製のお猪口に入れて、それなりにいい雰囲気で食べました。

元旦から三ヵ日は、本当は「お雑煮」が食べたいところですが、お餅を飲み込む勇気がなかったので、「お粥」です。以前に東京の学校の卒業生がつくってくれた「漆器」のお椀に入れて、おいしくいただきました。

一つ一つの行事を行うことが、生きていることの喜びを実感させてくれるものでした。

新年早々となる1月2日の血液検査の結果では、血小板と好中球の値はほぼ正常な値に戻っていて、あともう少しのところでした。

そこで私は、廊下を10周(1キロメートル)歩くのを毎日2回と、病棟の廊下にあるエアロバイクを20分こいで、「もういつ退院しても大丈夫ですよ〜」と医師・看護師に向けてアピールしていました。ちょうど、サッカーの控え選手が、試合の後半にウォーミングアップするのと同じです。

後半からピッチに出られたのに張り切りすぎて故障してすぐにベンチに戻される、ということがないようにしっかり準備をして「十分に戦える体」になって退院したいと頑張っていました。

1月8日には、骨髄液の検査があり(例の一番痛い検査です)、その結果が出ました。私の骨髄液のなかの「造血幹細胞」は95%以上が移植したドナーさんのものであり、5%以下がもともとの私のものというものでした。

この「5%以下」というのは測定の限界以下ということで、つまりほぼ完全にドナーさんの「造血幹細胞」が骨髄のなかに満たされているということになります。骨髄の細胞レベルでも移植の成功が確認されました。

というわけで、晴れて私の血液型は「O型」になりました。造血幹細胞移植をするということは、まったく別の人の血液が私の身体のなかでつくられるということで、血液型も新しく移植された血液の型に変わります。私の場合は、もともとA型だったものがO型に変わってしまいました。

これから私との相性占いを行う場合は、「O型、牡羊座」でお願いします。私は生まれてから血液型はずっとA型だったので、「真面目で几帳面」なA型にも未練はありますが、「おおらかで、大袈裟で、大雑把」なO型にも少しずつ慣れていきたいと思いました。

世界中のO型の皆さん! 新しく仲間に入りました。よろしく!

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『ボクは、笑顔でできている ~多くの人に支えられて、白血病と闘うことができました~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。