棟梁の奥さんがいつも、「みのるちゃん、風呂入らんね」と声をかけてくれました。

広い土間の一角に風呂場があり、お風呂は五右衛門風呂で、その横に置き座(腰掛台)がありました。置き座に服を置いて風呂場に入ります。外側はスライド式の板格子で外からは見えませんが、家の中では腰から上は半分オープン状態です。

ある日、お風呂に呼ばれて五右衛門風呂に入っていました。すると近所の若い女の子二人がお風呂に来ました。

「おばちゃん、誰か入っている?」との声。「うん、みのるちゃんが入っているよ」とおばさん。「みのるちゃんなら一緒に入ろうか」と二人の女の子。私より二つ年上の二十歳の仲良しが「みのるちゃん、入っていい?」と声をかけてきました。

私は「ちょっと待って! もうすぐ上がるから」と返事をしましたが、返事が終わるか終わらないかのうちに、二人は服を脱いで風呂場に入ってきました。私はびっくりして「ちょっ、ちょっと待って!」と言いながら慌てて風呂から出ようとすると、五右衛門風呂の底板が跳ね上がり、私は「あっちっち!」と叫びながら飛び出しました。

「みのるちゃんはうぶなんやね」と言いながら、二人の女の子は笑いこけていました。私はパンツ一丁で、家まで走って帰りました。今でも時々思い出して、「二十歳ぐらいの女の子が、十七、八の男の子の入っている風呂に入ってくる?」と人に話すことがあります。

当時二十歳だった二人はともに今は八十歳を超えているでしょう。数年前、どこかの病院で見かけたことがありましたが、声はかけませんでした。

今まだお元気なら、会って「あの時のことを覚えていますか?」と聞いてみたい気がします。これらは漁村に暮らしていた、おおらかな人たちの思い出です。

年を経た現在でも漁師村の人たちは、「〇〇ちゃん」とちゃん付けで呼び合います。

※本記事は、2017年11月刊行の書籍『霧中の岐路でチャンスをつかめ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。