謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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簡単な夕食だったが、ヘッド・ボードに備え付けられた時計を見ると九時を過ぎている。宗像はシャツを着、蝶ネクタイを締め、タキシードの袖に手を通してロビーに下りた。フロントの女性がにこやかな顔で声をかけてきた。
「今晩は、宗像様。おくつろぎ頂いていますでしょうか?」
「ありがとう、さすがに素適なホテルですね」
お愛想の返事をして外に出ると、昼間の暑さが嘘のように消え去り、乾燥した涼風が身体を包み込んだ。玄関の車寄せで立ち働く初老のドア・マンを見とめて、カジノの方角を尋ねた。
「はいカジノですね。玄関を右に出て最初の角を右折すると公園に出ます。そこから右を見ると、正面にカジノが聳えていますが、カジノの玄関はそこにはございません。皆さんよく間違えられましてね。良いですか、建物の左側を奥に回り込むのです。玄関はその一番奥にございます。左ですよ、正面の左側に向かって進んでください」
夕闇迫る中、幻想的なイルミネーションに縁取られた飾りのゲートを縫って進むと、電飾ランプに飾られた派手派手しい建築が正面に見えてきた。
宗像は指示されたように左に向きを変え、建物のコーナーを回り込んだ。確かにかなり奥だが、玄関らしい庇が見えている。
風除室を通り抜けると、玄関ホールにはレストラン、ショップ、展示コーナーなどが小奇麗に店を連ねている。
そして奥のガラス・スクリーン越しにスロット・ルームが透けて見えている。
ギャンブル・ルームの表示に従って緩やかな階段を上り、広いロビーに行き着くと、いかにも唐突な感じでアート・ギャラリーと毛皮や宝石のショップが店を出していた。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商