おたふく顔の笑顔だが、どことなく得体が知れない。田んぼの中でも、割烹着だ。

「話を聞きたい。行くか」

大股で、あぜを歩き始める。慌てて、秀造が小走りで前に出た。先導するつもりらしい。音もなく、後ろから高橋警部補がついて来る。

田んぼの上を行き交う強い風に、稲穂があおられていた。厚い雨雲が、日差しを遮っている。田んぼは、すっぽりと秋の気配に包まれていた。遠くは南に六甲山、北は中国山地。ここは、但馬山地の山間にあたる。

見回せば、四方は田んぼ。少し離れた低い山の麓まで、ずっと続いている。山向こうの丘陵は、竹林と雑木林が入り交じっていた。

ふと気づくと、周辺は既に稲が刈られている田んぼが多い。まだ稲穂が残っているのは、ここの他には、数えるほどである。湿り気を帯びた空気にも、藁の匂いが混じっている。

「なぜ、ここだけ生えてるんだ?」

問いかけられた秀造が、立ち止まり振り向いた。玲子の視線を追って、辺りを見回し、眉を上げる。

「ああ。酒米(さかまい)を知らないと、奇異に見えますね。生えてるのは、酒米。刈ってあるのは、食べる米、飯米(はんまい)なんです。酒米は晩生(おくて)なので、あと半月ほどしてから、刈り取ります」
「サカマイとは、何だ?」
「酒を造るための、専用のお米です」
「酒とは、米から造るのか?」
「日本酒は、そうです」
「どうやって?」
「蒸してから、発酵させます」
「知らなかった。驚いたな」

思えば、日本酒が何からできているのか、原料など考えたこともなかった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。