徴兵検査を終えた杉井は、一緒に検査を受けた岩井、片桐、高崎と帰宅前に浅間神社に詣でることにした。外堀を出て、西草深を通り、神社の門前の宮ヶ崎通りを四人でとぼとぼと歩いた。

赤鳥居の手前に磯辺巻きを売っている屋台があり、空腹を感じた杉井らは各自二つずつ買って、それを片手に鳥居をくぐり、神前に進んで、あいている方の手で賽銭を投げ、ご神体を拝んだ。他の三人は何を祈願しているのだろうと思いつつ、杉井は取り敢えず自分の軍隊生活における任務遂行の無事を祈ることにした。

おまいりを終えた四人は、神社の池の端の大きな石の長椅子に腰を下ろして、磯辺巻きを頬ばった。大きな伸びをしながら、岩井が言った。

「あ〜あ。徴兵検査に合格してようやく一人前になれたような気がするなあ」

それを聞いた片桐が半ばあきれ顔で言った。

「あんなものは、余程体に大きな欠陥がない限りは甲種合格だ。単に軍隊がただ働きさせるために体よく合格と申し渡すだけさ。もっとも、体が生来弱くて合格できない可哀相な者たちもいるから、あまりこんなことおおっぴらには言えんが」

「でもやっぱり俺は嬉しいなあ。片桐や杉井のように勉強もできて人望もある奴は良いが、俺のように学校の成績も悪いし、卒業してからも毎日親父に怒られてばかりで半人前扱いされているような人間は、今日ようやく人並みにしてもらえたという気持ちになるんだよ」

「岩井の言いたいことは俺も分かる。誰だって何のために生きている、誰のために頑張っているというものは必要だし、それが明確でない人間は不幸さ。しかし、それを軍隊への採用に求めるのはあまりにも代償が大きくはないか。お国のために、天皇陛下のために、それはそれで良いだろう。でもそのために命をとられても文句を言いませんと契約させられるのはかなわんと思う」