ピンと張り詰めた空気。正装してグラスを片手にテーブルを回りながら勝負する人々。かねがね一度はこの真剣勝負にかける人間の眼差しを撮りたいとも思っていた。

特殊な場所であることから実際の撮影は叶わずとも、目というレンズを通し、網膜や心に刻み付けられる擬似撮影は、宗像のような作品を発表する写真家にとっては貴重な体験になるはずだった。

前の海岸通りに面し、周囲を緑豊かな樹木に囲まれた広い公園の奥には、カジノ・エストリルが真正面に聳えていた。そのシンメトリーなデザインによって、威厳に満ちた佇まいを見せているのである。

ホテル・プリメイロのフロントでは、有名ホテルにありがちな、極端に慇懃な態度は見られなかった。しかし、シングルルーム一泊だけの、しかも東洋人に対する部屋の割り当てなどあまり良いはずはなかった。

フロントの女性に案内された部屋は、確かに庭園とは反対側に位置する、三階の小さな部屋だった。堅木寄木細工の板が貼られた腰壁。その上部のプラスター塗りの小壁は、装飾的な廻り縁を介して天井につながっている。天井の中央に造られた装飾的なメダリオンから、六角形の古びたシャンデリアが、いかにも重そうなブロンズの鎖と共に吊り下がりながら黄色い光を放っていた。

小さいがそれなりにしつらえの良い部屋だと思いながら窓を開けると、真下に正面玄関の車寄せに架かる庇が見えている。ということは、この部屋は宿泊棟の中央に位置していることになるはずだった。

ポーターが来る前に、ロンドンの心地に電話をかけたが、運悪く電波状態が良好ではなかった。これでは夜遅かろうとも、かけ直すしかないと判断して電話を切った。

このような格式の高いホテル・レストランでは食事をする気にもなれず、ルーム・サービスで軽食を注文した。正面に聳える白い建物の反射光だろうか、オレンジ色に染まった光がカーテンの脇から客室に差し込んでいた。ミニ・バーからワインを取り出し、部屋に置かれた小椅子を窓際に寄せて座り込んだ。

大きくうねる緑の樹木の上には、ホテルやリゾート・マンション群が軒を連ね、そのピンクや黄色いカラフルな壁に、眩しい西日を受けながら、幾重にも重なって遠くまで続いていた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。