第一章 がんは他人事

一日四箱のタバコ

タバコを毎日四箱吸っていました。おいしくておいしくてたまらず、吸っては消してまた点けてと、起きている間中、繰り返していたのです。

人に迷惑をかけていることも省みずに……。周囲が快く思っていないのは、顔を見ればわかりました。それでも平気でやっていたのです。

「“皆さん、とにかく感謝ですよ”なんて言いながら、日頃の態度は何なの?」

そう大勢の方が思っていたはずです。私に面と向かって言うと、「何?」と返されてしまうから言わなかっただけで。がんになってから振り返り、そう気づきました。

タバコを覚えたのは短大時代で、赤坂でタレントにスカウトされたのがきっかけでした。芝居もできた方がいいと演技指導を受けたとき、タバコを吸うシーンがあって、吸う練習をしたのです。とにかく初めてのことでしたから、ムリをして吸い込んで三回倒れました。タレント生命は役もつかないまま終わりましたが、タバコを吸う習慣だけがその後も残ってしまいました。

タバコを止めようと思ったこともあります。医師に相談すると、禁煙外来に行くことを勧められました。ニコチンが入ったパッチを貼ったり、教室で映像を見せられたりして、だいたい三、四カ月で皆止めるというのです。それでも全員が禁煙きるわけではなく、二十パーセントの人が挫折するということでした。

「パッチを貼ったままで煙草を吸ったらどうなりますか?」と尋ねると、「それは体にもっと悪い」と言われました。それを聞いて、「私は間違いなく挫折組になるので、行くのを止めます。私は死ぬまで吸います」と宣言していました。そうして禁煙外来を訪れることはありませんでした。

「私の父もヘビースモーカーだったのに、八十八歳まで生きたんだから、ニコチンには強いはずよ」という勝手な思い込みもありました。それもまったく根拠がないことなのですが……。万事につけて「そのときはそのときよ」というのが私の流儀で、「病気にもしなったら、なった時点で考えればいいじゃない」と思っていたのです。

病気になったらなったで

そのときに

考えればいいと

タカを括っていた。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『がんでは死なない 余命3カ月から生還する心構え』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。