「じつは磯部さんは、主人の教え子なんです」

「そうなんですか。すると、こちらのK大の卒業ですか」

K大学は、奈良にある公立大学だ。高槻教授はK大で教鞭を執っていた。

「いいえ。W大の卒業です」と磯部が応えると、また恵美子夫人が補足した。

「主人は、十年前まではW大にいたんです。でも古代史の研究をするのであれば、やはり奈良でなくては、ということで、いまのK大に移ることにしましたの」

「そうだったんですか。でも磯部さんはまだお若そうなのに、もう准教授になられているんですね」沙也香がいうと、磯部は照れたように笑った。

「ええ。それはすべて高槻教授のおかげです。先生のお尻にくっついて研究して、論文を書いたらそれが認められましてね、それで准教授になれたというわけです」

「そうだったんですか」といって磯部の顔をちらりと見た。年齢は三十代の後半だろう。まだ独身のような雰囲気だ。「ところで山科教授は、地元のご出身なんでしょう?」

沙也香は会話から置いてきぼりをくってしまったようになっている山科のことを案じ、そちらに話を向けた。沙也香らしい気遣いだ。また山科の関西なまりの言葉にも興味を覚えていた。

「そうです。いやほんま、不思議なことに、この中でわたしだけが奈良出身ですなあ。なんやらこの集まりは、東京出身者の会合みたいや」

山科は笑いながらいったが、言葉の裏に皮肉っぽさが隠されているような気がした。

「じつは山科さんにわざわざ来ていただきましたのは」恵美子夫人がとり繕うような口調でいった。
「主人がこちらに来て研究するようになってから、山科さんに大変お世話になったとうかがっておりました。それでこのたび、大鳥さんに主人の研究成果を別の方面から発表していただくことになったということで、主人がしてきた研究の内容について説明というか、解説していただければ、と思ってわざわざお越しいただいたんです」

「まあ、そういうことで、呼ばれてきたわけですわ。ひとつよろしゅう」

 
※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。