「わたしのことはさておいて、島崎さん」
「はい」

「こちらの芹生くん。やはりサークル時代の仲間で作家志望」
「芹生です。作家志望なんて紹介されると気恥ずかしいですが時々は書いています」

「ほう。ぜひ一度、作品を拝読させていただけませんか」

「一度といわず二度でも三度でも頼みますよ。だいいち葭葉出版の企画にも応募したことがあるはずだよ。編集部長として島崎さんも作品に触れたことがあるかもしれない」

「その話はよしてくれ」
俺は慌てて川島を制した。

「そうなんですか。作品名はなんですか?」
「落選した作品ですから無視してください」

「そうおっしゃらず。なにしろ一回の企画に数百という作品が応募されてきますので。中には優秀な作品が見逃されて埋もれてしまうこともないとは言えませんので」

「まあ、後(あと)はゆっくりと二人で話してください。わたしは挨拶に廻ってくる」

川島は踵を返してテーブルを離れた。続けて理津子も、営業活動を再開するわ、と言って歩き出した。二人がいなくなったタイミングを見計らって応募作品を島崎に告げた。

「あの……『砂礫の河』という作品です。でも覚えていませんよね」
「サレキノカワ……いや覚えていますよ」
「本当ですか」

「ええ。三年ほど前に応募した作品ですよね。主人公は確か少年時代に貧困で辛酸をなめたのち、苦学して司法試験に合格した弁護士でしたよね」

「はい、そうです」
「あれは相当にレベルの高い作品だったと記憶しています。確か最終選考にも残っていましたよ」
「最終選考ですか」

最終選考に残ったという事実を知った驚きとともに、正確に内容を把握している島崎の記憶力に敬服した。なにせ数えきれないほどの応募作があるわけだから。あるいは俺の作品が印象深かったということか。

「ええ。当然、選考委員の先生方の評価も高かったと思います」
うれしい反面、そこまで評価を得ていながら、という思いが湧く。

「では、なぜ? ということですね」
「ええ、まあ」

「わたしは選考委員ではないので断定的なことは言えませんが、一般論として聞いてください。まず、最終選考まで残る作品群と受賞作との評価の差は、世間で思われているほど大きなものではありません。メジャーな賞になればなるほど、この傾向はより強くなります。

それなりのレベルの作品が多数エントリーされるわけですから。もちろん誰からみても抜きんでている受賞作が存在する場合もありますが、多くは僅差です。『砂礫の河』が応募した回も、最終選考で落選した作品と受賞作の評価は紙一重だったと思います」

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。