「なかなか親切な人だね」
高倉は秋山に呟いた。

工場は静まりかえっている。ゴムやコードなどのタイヤ製造に重要な材料が機械から露出しており、半製品は床に転がったままだ。ある時に突然稼働を停めた感がありありである。

秋山があきれた表情で言った。
「我々とお付き合いのあるニホンタイヤさんの工場なら、きちっと整理整頓して、機械を磨いて油をさして稼働を停めるのでしょう。そういう感覚は全くないんですね」

「我々は専門家じゃないからはっきりとは言えないが、これでは生産を再開するにしても容易じゃないだろうなあ。機械は錆びついてしまうんじゃないか。ブリット銀行がこんな会社に投資するとは思えないが……」

と高倉は考え込みながら、製品倉庫も見たいと言ってみると、

「うーん、在庫品にはタッチしてはならないといわれていますが、見るだけならいいでしょう」
と、総務課長は製品倉庫へ案内してくれた。

ざっと見た所、乗用車用タイヤが約一万本強、トラック用タイヤが五百本ほどあった。ぜんぶ新品である。

高倉は在庫品を見ながら、小声の日本語で秋山に言った。
「このタイヤは売掛金の代りに何とか引き取り、売りさばいて少しでも損を取り返さなければならないな」

マネージャーにお礼を言って工場を出て、彼らは工場の外まわりを一周してみた。雑草が生い茂り、これもまた手を入れた様子は全くなかった。

その夜、三人はマプート市内のホテルに泊まり、海岸のシーフード・レストランで夕食をとった。

ポルトガル領だった名残りと、インド洋に面しているということで魚介類の種類は豊富だし料理の質は高い。オリーブ油ベースで味付けした焼き魚、煮魚は日本人にも好まれるように思えた。

しかし高倉と秋山にはそれをゆっくり味わっている余裕はない。食事をとりながら高倉はシェーン・ネッスルに指示した。

「ブリット銀行がこんな会社に投資するとは思えないので、いずれ倒産するだろう。そうすると管財人が入る。そうしたら手出しができなくなるので、その前にマドールタイヤにある在庫製品を全て引き取れるように準備しておいてくれ。頼むぞ」

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。